love story

□色彩の感触
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パーティは、嫌いだった。
姉貴にまたクッキーを食べさせられて、気分が悪いままピアノを弾く。
デタラメな演奏を皆は賞賛するが、俺の実力はそんなヘンなものじゃない。


(ドレスも、気に入らないし)


お手伝いさんに髪を綺麗に整えられて、鏡の前に立たされる。
鏡に映る、純白のドレスは、どうも自分には不似合いな気がした。

できるものなら早く終わってほしい。
どうして、こんな家に生まれたのだろう。

いろいろ考えていたら、それが顔に出ていたらしく、お手伝いさんが「何かご不満でも御座いますか?」と心配そうに尋ねてきた。
不満なんてありまくりだっつーの。



ホールに向かうともう人はたくさんいて、どこかのお偉いさんか知らねーけど、今日の演奏も期待しています、お嬢様なんて言葉を変な笑みと共にこぼしてくる。
ふざけんじゃねえ。
俺がどれだけ苦しい中で演奏しているかわかってんのかコイツは。

適当に会釈を交わしながら、いちばん窓際にあるテーブルにつく。
テーブルの上に置いてあるたくさんのオードブルの中からポテトをひとつつまんで口に入れた。
あとから姉貴のクッキーを食べなきゃならないのかと思うと吐き気がした。


「お嬢様。そのドレス、良くお似合いですね」


ぼんやりと外の景色を眺めていたら、背後からそんな声が聞こえた。


「…シャマル」


振り返れば、スーツをばっちり着こなしたシャマルがワインの入ったグラスを片手に立っていた。
そんな姿を見て、毎回思うけど、コイツはスーツがよく似合う男だ。妙なエロさを醸し出している。
心臓がドキリとした。
俺はシャマルに対して変な憧れがあった。


「どうした、浮かねーツラしやがって」
「…べつに」
「ビアンキちゃん張り切ってたぜ?俺はとてもじゃないが食えねーけど」
「黙れば」
「おー怖いねえ」


腕を軽く組み、嫌いなパーティ会場を見渡した。
ああもう、できるものなら出て行きたい。今すぐにでも。
こんな縛られた生活、抜け出したい。
なーんて。


「ハヤト」
「…なんだよ」
「腕組みはヤメロ」
「なんで」
「お嬢さん、だろ?」
「………」
「………」
「……抜け出してえ」


腕はまだ組んだまま、ぽつんと呟く。
不満を言ったところで何も変わりはしない。そんなことわかってんのに。
抜け出したところですぐに結局捕まってしまうし。何度もそんなことがあって、最近ではもう諦めた。


「なあシャマル」
「なんだよ」
「抜け出したい」
「無茶言うな」
「わかってるけど」


シャマルに言ったところで何も変わりはしない。
ハアとため息をつき、綺麗な靴を履いている自分の足元を見た。
もう、嫌だ。
外で自由にショッピングだってしてみたい。

シャマルは急にグラスをテーブルの上に置くと、窓を開けた。


「ハヤト」
「…シャマ」


る、と言うのと同時に体が浮いた。
きゃあ、と誰かの驚く声がした。
周りを見渡せばみんながこちらに注目していた。


「もうどうにでもなれだ」


目の前にあるシャマルの顔。
ヘラ、と笑ったと思えば窓から飛び出た。
……は?どうなってんだコレ。
そこから走り出したシャマル。ぐんぐんと城が遠くなっていく。
お嬢様、ハヤト、と遠くから呼ぶ声が聞こえる。


「何したいんだよ」
「…抜け出したいんだろ?」
「…城戻ったら辞めさせられるぞ」
「そんなこと心配してんのか」
「……馬鹿」


どうなっても知らねえぞ、と言うと、額にほんのりと汗をかいているシャマルは、少し笑った。


しばらく走って、街に着いた。
久しぶりだった。
通行人が物珍しそうにこちらを見ながら通り過ぎていく。
そりゃあ、派手なドレス着てるし、お姫様抱っこされてる訳だし。
シャマルもそれを感じ取ったのか、地面に下ろしてくれた。


「どこ行くんだよ」
「いいから付いて来い」


手を取り歩き出すシャマル。
無意識であっただろうが、そんな行為に胸が高鳴った。

連れて行かれたのは少し街外れの、可愛らしい、小さなドレスショップだった。
この街にはよく行くのだろうか。
隠れた名店のような雰囲気を醸し出していた。


「……なんで」
「好きなの選べ。そしたらとっとと帰んぞ」
「でも俺金」
「俺が持ってるから」
「ていうか」
「ドレス気に入ってねーんだろ?お嬢様」
「…見透かしすぎ」
「あ?」
「なんでもなーい」


シャマルって怖い。
俺のことなんでも知ってるみたいで。
心読まれてる?まさか。
テレパシー?まさか。
ふんと後ろを向き、並べられたドレスを次々と見ていった。
どれも可愛らしくて、綺麗。

可愛いと思ったものは全部試着した。


「じゃん。似合う?」
「…はいはい」
「またその反応」
「…ハヤト。それで何着目だ?」
「まだ6着目」
「はあ…早く帰んねーと、俺が酷い目にあうんだっつの」
「だから?」
「お前なあ…」


ふふんと笑いもう一度鏡を見た。
正直、ドレスはなんだって良い。少しだけでも、この時間を長く楽しみたかった。
なんだかとデートでもしているみたい。


(せめて、もう少しだけでも)


最終的に真っ赤なドレスにすることにした。赤い靴にもした。
今まで着ていた純白のドレスと靴は捨ててくださいと店員さんに言った。


「よし。帰るか」
「………」
「行くぞ、ハヤト」
「シャマルはさ」
「ん?」
「なんで急にこんなプレゼント」
「…お前、この前誕生日だったろ」
「ん」
「遅れちまったけどさ、」
「…ん」
「それはだな……って恥ずかしいこと言わせてんじゃねえ!帰んぞ!」


シャマルは頭をボリボリと掻いて、歩き出して行った。
本当に照れくさかったのか、若干顔が赤いようにも感じた。
そんな姿を見て、思わず口角が上がってしまう。
早歩きで先を行くシャマルを追いかけて、シワひとつ無いスーツの裾を引っ張った。


「あのカフェに行きたい」


少し離れた場所にある、これまた小洒落たカフェを指差して言った。


「勘弁してくれよな…」
「誕生日遅れた罰だ。プレゼントひとつ増し」
「あのなあ」
「親父には俺がシャマルを連れ出したって言うから」
「そんな問題じゃねーんだよ」
「ハイハイ」
「ハア…とんだお嬢様だな…」


今度は俺がシャマルの手を引き、カフェへと入っていった。
シャマルは文句を言いつつも付き合ってくれた。



結局日が暮れるまで遊び尽くした。
短い1日だったけれど、非日常を送れた。


「シャマル」
「あ?まだ何か我が儘言うのか」
「もう言わねーよ」
「じゃあなんだ」
「…また連れてって」
「……結局我が儘じゃねーか」




そのあと城に戻り俺もシャマルも、こっぴどく怒られたというのはまた別の話。
パーティは散々だったという。
俺はそんなことは知ったこっちゃねえ。
それよりも、今日の楽しさの余韻と、またシャマルに連れて行って貰えるという嬉しさで胸がいっぱいだった。










end
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