love story

□恋愛プラトニック
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※山本がオタクです。
大丈夫な方はどうぞスクロール















毎日のように部活を終える。
男だらけのむさ苦しい部室で、汗と土のにおいの染み付いた、ユニフォームから制服に着替える。


「お疲れっしたー」
「お、山本、今日も早えーのな」
「また例の彼女だろ」


まだ部室に残っている先輩や同級生に挨拶をして、俺はいちばんに部室を出る。
部活は好きだ。
野球は小さいときからずっとやってきていて、三度の飯より好きだ。
けれど、この帰る時間が楽しみでならない。
早く家に帰ろう、と自分の下足箱に向かったとき、小柄な女の子がひとり、俺を待ち構えていましたとも言わんばかりに下足場に座り込んでいた。


「山本、くん…?」
「ん?そうだけど…どうしたんだ?」
「………あの、わたし、好きなんです!その、良かったら…つ、付き合ってください!」


少しだけ震えていて、顔を赤らめている女子生徒がそう言うだろうということはわかっていた。
…けれど、駄目なんだ。
顔もマトモに見ずに、俺はお決まりの台詞を言う。




「ありがとう、でもごめんな。俺、大切な人がいるんだ」




下足箱から靴を取り出し、その女の子には申し訳ないけれど、走って帰る。
この台詞を何度か言っているせいか、俺には彼女がいるのだと思っている奴等も何人かいる。

彼女はいるのだ。
俺にとって、とても大切な。
けれど、この世界には彼女なんていない。




…だって、俺の彼女は、二次元にいるからだ。













帰宅してすぐ、二階の自分の部屋に向かう。
着替えるのも忘れて、机の上に置いてある携帯ゲーム機を手に取り電源を入れた。
この時間が何よりも楽しみである。


『……今日も遅い』


画面上に写るのは、ひとりの女の子――俺の、彼女だ。
肩にかかるかかからないかの銀髪。碧色の瞳。
可愛らしい制服を着ている彼女は、こちらを見て、頬を膨らましている。

ゲームを購入してからその子に夢中になってしまった。
まさか二次元の彼女に恋をするなんて思ってもいなかった。
もちろん、この世にいないなんてことはわかっている。
…けれど、好きなのだ。

学校に持って行くものはそれなりに自重している。
だから、これは帰ってきてからの唯一の楽しみ。

部屋にでかでかと貼られたポスター。
机の上に並べられたフィギュア。

二次元だってどこでもいい。
少しでも近付きたくて、それらを購入した。
ポスターを見れば、目が合う。
それだけでも、一緒にいるのだと実感してしまうのだ。
聞こえない、そんなことはわかりきったことだけど、画面にそっと話しかける。


「…ごめんな?遅くなって」
『もう、私のことなんて嫌いなんだね。もう知らない』


お決まりといってもいいこのパターン。
涙目の彼女を、抱き締める、という選択肢を選べば、彼女はなんだかんだ言いつつも、そっと抱き返してくるのだった。
本当は画面の中に入れるものなら、入って抱き締めてやりたい。
触れたことのない手を、触れてみたい。



近いのに遠い。
俺は、遠距離恋愛をしているのだ。
…それも、次元を越えた、恋愛。













翌日、重たい目を擦って、のそりと起き上がる。
ベッドの横には大きなポスター、彼女は微笑んでこっちを見ている。
枕の横にある携帯ゲーム機の電源を付けて、おはよう、と返事が返ってこないのは承知で言った。
これが俺の毎朝の習慣なのだ。

今日も頑張ろうね。
音声はないが、彼女が言う。
毎朝、これを見れば、本当に頑張れる。
支度を終えて、行ってきます、とポスターにそっと呟いた。









「コラッ!待ちやがれ!」


登校している途中に、そんな怒鳴り声が聞こえた。
子供が何か、イタズラでもしたのだろうか。他人事に思っていたとき、一匹の猫が曲がり角からいきなり飛び出してきた。
そして、その猫を追いかける、短いスカートを履いた女の子――だが、その碧色の瞳と視線が合った、その瞬間。


俺は一度、目を疑った。



「あっ!ちょっと捕まえてもらってもいいか!?」
「……え?」
「悪ぃな、頼む!」
「わかった!」


急に話しかけられ驚いたが、ぼんやりしていた頭と体をフル回転させ、すばしっこい猫を追いかける。
本当に、逃げ足が速い。
だが俺だって野球部だ。脚力にはそこそこ自信がある。
走るスピードを上げて、猫をようやく捕まえることができた。
腕の中で暴れる猫を宥めさせながら、息を切らしている女の子の方へ向かった。


「瓜!お前は家にいろって言っただろ!」


猫の名前はどうやら『瓜』というらしい。
その瓜を彼女に渡しても、にょおんと鳴きながら暴れているままだった。あまり懐いていないのだろうか。


「あ、サンキューな。コイツ、よく脱走するんだ」


あちこち引っ掻かれながらも、笑って答える彼女。

…それにしても、だ。
ありえないぐらいに似ている。
肩にかかるかかからないかの銀色の髪。碧色の瞳。
ゲームの中の彼女と、まるで瓜二つなのだ。
夢なんじゃないのか。
頬を軽くつねってみたが、痛い。現実だ。


「こら!大人しくしろっ」
「ははっ。猫はここ撫でてやると大人しくなるんだぜ」
「……?」


瓜、の顎のところを撫でてあげれば、先ほどまで暴れていたのが収まって、ゴロゴロと喉を鳴らした。
それにしても綺麗な毛並みの猫だ。きちんと手入れもされているみたいだった。


「…すげえ!瓜がおとなしい…」
「買ってどれくらい経つんだ?」
「ううん、これは拾ったやつなんだけど…もう半年は経つかな」
「半年か…」
「ん?」
「や、なんでもない」


どうやら、この子と瓜は相性が悪いみたいだ。
彼女が瓜に触れた瞬間、また暴れ出す。
そのやりとりが可愛らしく、笑ってしまった。


「あ!今日はありがとな」
「どういたしまして」
「そろそろ行かなくちゃ。それじゃ、またな」


彼女はそれだけ言い走ってどこかへ行ってしまった。
まるで台風みたいな女の子だった。











それから俺たちは毎朝と言ってもいいぐらい、頻繁に会うようになった。

…そして俺は、恋をした。

ゲームの中の彼女と性格は全くといってもいいぐらい違うが、そんな所にもどこか惹かれるところがあった。
容姿がいくら似ていても、ゲームの中の彼女とは全く違うんだと捉えていった。











毎日のように部活を終える。
男だらけのむさ苦しい部室で、汗と土のにおいの染み付いた、ユニフォームから制服に着替える。


「お疲れっしたー」
「山本、いつも早えーな」
「また、あの例の彼女だろ」


部室を一番に早く出る。
部活も好きだけど、帰りの時間が、何よりも楽しみだ。
下足箱へ向かい、学校を出た。


あれから、自分の気持ちに気付いてから、部屋のポスターを剥がした。
あんなに大事にしていたゲームも、フィギュアも、全部売り飛ばした。

…今までありがとう。
そしてもう、プラトニックな恋愛には終止符を打った。






「山本、いつもおせーんだよ!」
「ごめんな!…お待たせ」





…なぜなら、彼女がいるからだ。

頬を膨らましている、不機嫌で、それでも愛おしい彼女の手を取り、歩き出した。













end
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隼人ちゃんは並中の隣の超セレブ女子中に通ってるという設定です。
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