love story

□絶えない愛の証明
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―――カラン、

グラスに入っていた氷が溶けて音を立てた。
ポツポツと人のいる喫茶店で、今話題のクリスマスソングが流れている。
そう、世間はクリスマス。っていうか、今日はもう25日。
隣の席の男女、ガラス越しに見えるカップル。どこを見渡してもカップルだらけだ。


「……隼人ちゃん、山本さんのところへ早く行ってあげてください」


そんな中、俺だって恋人と…ではなく、目の前には頬を膨らましたハルがいる。
なぜハルに俺が怒られているのか全くわからない。
ふうと紫煙を吐き出すと、女の子が煙草なんか吸っちゃ駄目です、とハルに煙草を取られて灰皿の上で火が消された。


「…だいたい、意味わかんねぇし。クリスマスなんて大事な時期に」
「それは、そうですけれど…でも山本さんはどこかで隼人ちゃんを探してると思います」
「……どうなんだろうな」


ハルはグラスに残っていたアイスティーをストローでズズッと音を立てながら飲み干した。

こんな風に女2人でお洒落な喫茶店に来ているのは、言うまでもなく山本のせい。
クリスマス、一緒に過ごそうだなんて言ったのは山本からだったのに、今朝急に「野球の練習があって今日は一日中一緒に居られない」なんて電話が掛かってきたのだ。
普通、彼女と野球の練習で野球の練習を取る馬鹿がいるかっつーの。ありえない。
しかもクリスマスだなんて、恋人の為だけにあるような日なのに!

ひとりで過ごすなんていうのも悲しいから、ハルの勤めているバイト先へと向かった。
丁度終わった時間だったそうで、付き合ってくれた。てっきり山本と居るんだと思っていたハルは相当驚いており、事情を話して今に至る。

外を見るとだいぶ暗くなっていて、イルミネーションがチカチカと、少しだけ目が痛かった。


「…隼人ちゃん」
「ん?」
「ケータイ、鳴ってますよ。さっきからずっと」


机の上で震えている携帯を眺める。何度鳴ったことだろうか、着信は誰からかわかってる。
電源はあえて消さなかった。
電話には出ずに、ショートケーキの苺だけを手に取り、口に入れる。

電話に出ようとしないのがわかったのか、ハルはふぅ、と息を吐いた。


「ハルなんてクリスマスにバイトだったんですよ!カップルのお客さんがすべて敵に見えました」
「…自分からシフト入れたって言ってたくせに」
「…白馬に乗った王子様が訪れるのをずっと待ってるんです!」
「あはは、頑張れよ」
「とにかく、クリスマスに孤独なのは寂しいんですよ」
「うん」
「山本さんもきっと」
「……あいつは部活やってるだけだし…」
「そんなことないです!探してますよ、隼人ちゃんのこと」


そっと鳴り止まない携帯を開く。
着信が数件、メールには『いまどこ?』『駅で待ってる』といったものが何件かあった。

そういえば、どうして俺はこんな些細なことで怒っているんだろう、と思った。
もう一度外のイルミネーションを見る。
けれど、そんなものには目もくれず、ふと人ごみの中に山本がいないのか目で探している自分がいた。


「…ごめん、ハル、お金今度返すから」
「はい。気にしないでください、ハルは応援してます!」


席を立ち手を振るとハルは笑顔でピースサインした。

向かうのはもちろん、駅に決まってる。早歩きだった足が駆け足へと変わっていく。
人ごみを掻き分けて山本を探す。
…いた、後ろ姿ですぐにわかった。
そんな風にわかってしまうのは、それほど愛おしい証拠でもあって。



「…やまもと」
「獄寺…よかった、電話にも出ないから心配してたんだぜ」
「ハルとケーキ食ってたんだよ」
「……ごめん、やっぱり怒ってる?」
「かなり」


ちょっとした上目遣いで睨みつけた。
…本当は、怒ってなんかいない。
野球が大変だってことはわかってる。山本がそれに命かけてるぐらい大事なものだってことも知ってる。
でも部活を優先する山本がいて、自分は大事にされていないのか、そんなことを考えて不安で不安で悲しかった。


「…むかつく」


ごめんな、大好きな声で囁かれるのはとても心地よかった。
けれど、大事にされてないんじゃないかって疑っているところがまだあったから、ああ、駄目だ、視界がぼやけてきて涙がひとつぶ零れ落ちた。

山本が何も言わずにそっと手のひらに触れてきた。
その手は俺の手とは違って、さらに冷たくて、どのぐらい外にいたんだろう、と心配になった。


「え……?」


左の薬指にヒヤリとした感覚があって見てみると、ちいさなダイヤモンドの付いた、キラキラと光っている指輪がついていた。


「ごめんな、一日中一緒に居れなくて。サイズ、大丈夫か?」
「…………うん…」


ああもう馬鹿、涙がさらに溢れてきた。
山本の冷たくなった手を包み込むように手をつなぐ。


「さ…寒いな、獄寺風邪引いてない?」
「自分の心配しろ、ばか…」
「俺は全然平気だから。とにかく帰ろっか、外寒いし」
「…………」
「…獄寺?」
「……帰るまで、待てない」



ブーツのつま先を見つめながらぼそぼそ言うと、山本はくすりと笑って、ちいさなキスを唇に落とした。


大事されていないなんてそんな訳じゃない。
絶えない愛の証明は、ここにある。











end
(補足:山本は部活ではなく指輪を探していたというベタな設定)


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