貢ぎ物

□相互記念(小説)
1ページ/1ページ

『脳髄へ劇薬を』
「くおん薔子」様のリクエストでとクラウザーさんとジャギ様の話。












人。

人、人。

人、人、人。

人の熱気で水蒸気が立ち込め、レトロと言えば聞こえは良いが古臭く小さいライブハウスは不快指数が否応無しに上昇中だ。

しかしそんな事は気にする余裕が無いほど腕を上げ頭を振り回し腹の底から声を出している人の群れに、さらなる狂気を駆りたてるように歪めた口の形も禍々しくも美しく、鎧のせいでわかりにくいが華奢な男から地をはう呪いのようなデス声が紡がれる。

そのデス声が突然ふつりと止まるとギターをかき鳴らした。

人の群れからは‘クラウザーさん’と呼ばれた男は後ろのドラムのカミュに目線で合図を送り、下手にいるベースのジャギに近づく。

クラウザーはジャギの肩に手を置き反対の手で今まで自分が居た場所を黒い爪の指で指し示した。

ジャギは人の群に流し目を送るとクラウザーの耳元に小さく囁きかける。

早くしろとでも言うようにクラウザーは目を細め指先を軽く動かした後ギターを構えた。

その瞬間クラウザーの立ち位置がジャギの口から放たれた炎に包まれ、箱全体がビリビリ振動するほどのシャウトがクラウザーの唇から迸る。

只でさえ熱気に包まれていた空間が爆発しそうになった。

さらに追い討ちをかけるようにカミュのドラムが激しい雷のように鳴り響き、ジャギのベースとクラウザーのギターが重なる。

「我ら悪魔に殺されたい奴は頭を振れ!腕を上げろ!!踊り狂え!!」

クラウザーが前奏中にジャギのマイクに向かって吼えたてた。

この悪魔崇拝者である信者達は、何かに魅入られた狂気じみた動きでクラウザーのお気に召すようにと、曲に合わせ暴れまくる。

ふとした曲の合間に何時もとクラウザーの立ち位置が違う事に、ファンの鏡と恐れられ信頼されている男が最初に気付いた。

何故ならばクラウザーを敬愛してやまないため、クラウザーの使用するマイクスタンドの真ん前を常に陣取りヘドバンしても視界に入るようにしているからだ。

そのファンが今居るクラウザーの前に移動するか躊躇していると、カミュから次の曲にいくためのカウントが入る。

ギターを弾きながらセンターにあるアンプに足をかけたクラウザーは振り向きざまに自分のマイクスタンドを倒しジャギのマイクで歌い出した。

信者達があのマイクはクラウザーさんの不興をかったんだ!などと叫びながら大多数が下手の方に押し寄せる。

只でさえ小さい箱にギュウギュウに詰められた人の群れは圧死するのではないかというぐらい密集しだす。

クラウザーは何か不機嫌そうな様子で人の群れを見下ろしていたが、しかしそんな雰囲気も信者には魔王の貫禄と映るようだ。

少し離れた所でベースを弾いていたジャギが、クラウザーの右肩に後ろ頭を付け仰け反るように体をそらした。

それを嫌がる訳でも無くジャギを自分の方へ引き寄せるように体をズラすと、ジャギは首だけ捻り信者達が密集している場所を面白そうに眺めた後クラウザーに視線を移す。

よくまあこんな超絶テクでギターを奏でながら歌を唄えるものだと毎度の事ながら関心する。

しかも今日はクラウザーのマイクが突然故障したようで、ジャギにいきなり火をだせと言ってきた。

普通のバンドならスタッフが慌て取り替えてくれるかもしれないが、DMCは悪魔系デスメタルで売っているバンドのためかスタッフがライブ中に舞台に来ることはまずは無い。

何時もならいるパフォーマーの豚が地方遠征のため居なかった為に持って来させる事も出来ずに、クラウザーの機転によりジャギのマイクで唄う事にしたようだが違和感なく進む。

もしかしたらスタッフさえパフォーマンスの一部だと思っているかもしれない。

クラウザーの行動があまりに淀みなかったらだ。

ジャギは自分だったらオロオロするだけで、まあクラウザーが何とかするかもしれないが、さすがメタルモンスターだぜと自分の事のように誇らしげに考えた。

そんな思考にジャギが捕らわれているとクラウザーが肘でジャギの脇腹を小突いてくる。

今演奏中の曲はジャギのコーラスパートがあるので知らせてきたようだ。

クラウザーが少しマイクの場所を空けているので顔を近づけて一つのマイクを使えと言うことらしい。

気遣いを嬉しく思いながら、本当にクラウザーとバンドが出来て良かったとジャギは喜びを噛みしめた。

とりあえずクラウザーのギターを邪魔しないよう配慮しながら顔だけマイクに近づけてかなり無理な体制を取る。

ちょっと厳しいかなとジャギが思っているとクラウザーが背中を合わせるように体を動かし楽になった。

背中を合わせているためか、ほぺったをくっつけるようにして唄う。


結局そういうパフォーマンスだと思われたままライブが進み、アンコールでやっとクラウザーのマイクが使用出来るようになったが、使わずに本日のライブが終了した。



おわり。















おまけ


楽屋に戻ったクラウザーはメイクを落とそうと鏡の前に座った所で、ジャギに肩を組まれた。

「クラウザー!さすがメタルモンスターだぜ!!」

「そんな事ないよ。
すっごい前の方が密集してて死人がでるかと思ったもん」

クラウザーもとい根岸はマイクスタンド倒した時点でスタッフが替えに来てくれると思ったのに、などとボソボソ呟いている。

あれはクラウザーなりのメッセージであったようだが、あんなパフォーマンスぽくやれば仕方ないのではと和田は心の中だけで呟き、クラウザーを誉め讃える言葉だけ連ねた。

意志の疎通が無いまま一方的な会話が進み、ホテルに向かう車の用意が出来たとかでクラウザーとジャギはメイクを落とせずにホテルに向かったが、運悪くというよりは素晴しい信者の察知能力でコアなファンに取り囲まれたのはまた別の話。





えんど。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ