戯言

□書きため
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『時間と距離』 後半


2XXXX年。人類は未確認生命物体と接触することになった。地球外の文明との衝突は人類にとって突然すぎた。


「怖い?」
「ん」
麦わら屋の手の中で、半透明な氷の結晶が人工的な光を鈍く屈折させていた。
「この前、光速移動があったろ?」
「ああ、ワープのことか」


タルシアンの文明は当時の人類を圧倒した。人智を凌駕しあまりある多彩な技術の中にそれはあった。光速よりもわずかに遅いスピードで0.5光年から10光年もの距離を一瞬で移動することができるそれは、現在活躍している宇宙船のほとんどに搭載されている。もちろんむやみに使うことはエネルギー節約のために禁止されているが、遠い星に向かう時やタルシアンからの襲撃脱却のために使われている。
この前の使用理由は後者だった。


「おれ、初めてだったんだ」
「・・・」
「瞬きくらいの間くらいしかなかったのに、確認した地球時間は2年近くも経ってた」
「乗ってる人間や物にとっては一瞬だ。ロ−レンツ変換くらい火星での演習中に学んだんじゃねェのか」
あの4つの方程式を20世紀に考え付いたヤツの頭はどうなってたんだろうな。おれもそれ思った。多分ローレンツって言うんだろうな。顔知らねェけど。確かにな。それで?
「そんときは、そんなもんかと思ってたんだ」
けど、実際は全然違った。
「地球とおれと。距離だけじゃなく、時間も・・・」


「時間がずれるって怖かったんだなァ」


「・・・戻りたいか」
「ん〜。どうだろな。戻りたくないって言ったらウソになる。あ、でもここに来たことは後悔してねェ」
地球にいたら見えなかったものとか、体験できなかったこととか結構あるし。
「新しいタルシアンの遺跡を探検するのはお宝探しみたいでワクワクすっからな!」
あと。
「ローを実際年齢差でからかえる!」
「・・・てめェ」
「わっ、ちょっ、タンマ!アイスが落ちる!」
グリグリと押さえつけた麦わら帽子の下から情けない声が上がる。
「「あ」」
水色の物体が無機質な床板の上で砕けた。
「あ〜、もったいねェ〜」
麦わら屋が落ちた塊のうち大きいものを拾って元あった袋の中に入れる。
「へェ、麦わら屋は意外とマメなんだな」
それで床が綺麗になるわけではないが片づける手間が少なくて済む。また、通りすがりの馬鹿なヤツが氷や水で滑る危険も少なくなる。そう考えての行為だと思い、素直に感心する。
「・・・」
「なんでそこで動きが止まるんだ」
「・・・兄ちゃん達が言ってた。あと中学校のダチも」
「・・・なるほど」
そういうわけか。さっきパッケージをずっと見ていたのも、変な質問をしてきたのも。
「ちょっと遅いホームシックだろうな」
「なァ、これ、どこに捨てたらいい?あと拭くやつある?」
「貸せ。捨ててくるついでになんか持ってきてやる。お前はそこで誰も足を滑らせたりしないように見てろよ」
「代わりのアイスは?」
「まだ食うのかよ」
「だって半分落としちまったじゃん」
「・・・見てくるだけ見てきてやる」
おれ次はオレンジ味がいい!後ろからの声に何も持っていない方の手を軽く振る。


「怖くないってやつがいたら、そいつはもう戻れねェだろうな」
小さい袋の中で揺れる液体は、昔地球から宇宙を見上げた時と同じ色をしていた。



2XXXX年。人類は未確認生命物体と接触することになった。地球外の文明との衝突は人類にとって突然すぎた。

何が正しいか分からないまま突入した未知の生命体との戦闘は、何も知らない子どもを地球から引き離すことになった。



距離という尺度においても時間という尺度においても。






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