1stSS
□特別な日
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…10月某日…
日の沈みかける時間、目の前の扉には"close"と書かれた札が下げられている
その扉に手をかけ、気合を入れて一気に開け放つ
鈴の音が来客を告げる店内には、開店準備をしている店員がちらりと目を向ける
人物を確認すると何事もないように元の作業へと戻って行く
暫くすると店の奥の方から見知った顔が出て来て「そんなところに立ってないでこっちに座りなよ」とやさしく声をかける
益田義人、この店のマスターである
ぺこりと頭を下げて店の中へと入って行く
いつもの席に座ると「ホットレモネードでもいれようか」とすでにカップを用意している
レモネードの甘い香りがすると「今日はこんな時間にどうかしたの?」とホットレモネードを差し出す
それを受け取ると「今日はお願いがあって来たんです」と一口すする
レモネードが体にしみ渡り冷えた体を温めた
「実は零一さんの誕生日の日にサプライズパーティーを開きたくて、それをこのお店でやりたいんです」
自分の分のレモネードをいれながら「生徒さんの頼みじゃ断れないな」と笑顔を向けてくれる
東雲はパッと顔を上げ「ありがとうございます」と笑顔になる
「じゃあついでだから、今、当日の打ち合わせもしよっか」
カウンター越しに当日の段取りを決めて、時折他愛無い会話も交えながら計画を立てる
絶対成功させたいとつい熱が入ってしまって、気がつけば開店時間が目の前まで迫ってしまっていた
「長居してしまってごめんなさい」と頭を下げ店を後にする
「当日は楽しみにしてるよ」と扉越しに聞こえた
…………
東雲が店を出てから数分もたたない内に扉の鈴が鳴る
「“いらっしゃいませ”と振り返るとそこには常連であり、腐れ縁であり、友人の氷室零一が立っていた」
「益田…心の声がまる聞こえだ…」何だそのナレーション口調はと口元を上げる
店内をくるりと見渡し益田の顔をじっと見てから
「先ほど店から東雲らしき人影が出てくるのが見えたのだが…彼女が来たか?」
零一の問いに内心ドキッとしたが顔には出さずに「来てないから、見間違えじゃないのか」と返しておく
府に落ちない顔をしていたが問いただしても仕方のないことだと、レモネードを注文する
酒じゃないのが珍しいなと茶化すと「車できている」とだけ短く答える
口には出さなかったが、運転中に東雲らしき人影が見えたから気になって寄ったというところだろうと益田は推察してにやにやとしていた
少し雑談を交えながら少しずつ増えてきた客の対応をする
レモネードを飲み干すと「ごちそうさま」と勘定をすませて帰っていく
「なにしにきたんだか」と肩を竦ませる
まったく幸せ者めと少し嫉妬の念を送っておく
バックルームに入ると小さなホワイトボードに11月6日貸し切り予約とメモをかく
「34歳か俺もずいぶん歳とったな」と苦笑をもらす
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