小説(原作沿い)

□百年の恋というけれど
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気づかなければよかった。

遠くの道で、見知った格好の青年をファイは見つける。

誰かと話しているようだ。

ここからは柱で相手の顔はわからない。

楽しげに話す黒鋼。


―…やめて。


踏み出せなかった。

数メートルの距離だ。

親しげな表情。

逃げるようにファイはあとずさりする。

ただ胸の奥が痛かった。







「黒たん」

廊下でこちらにやってくる黒鋼に、ファイがにっこり笑うと。

苦虫をつぶしたような表情を見せられた。

「…おまえ、なにか言いたいことあるだろ」

「なにがー?」

「とぼけんじゃねぇぞ」

ファイが笑って一歩不自然ではないように距離をとると、どんといきなり壁に押し付けられる。

「どうしたの?黒たん」

黒鋼にむけられたのはあの笑顔だ。

本当の気持ちを隠すための完璧な。

どことなくうそくさいあの笑顔。


「いわねぇと、ここで抱くぞ」

黒鋼の言葉にファイがぎょっとする

「な、なに言ってるの…!」

薄い水色の地の着物を肌蹴らされた。

「く、ろた…っ!!」

やめて、と抵抗するが黒鋼の腕力にかなうはずもない。何におこっているのかファイには分からなかった。
「…っ、いたっ…!」

首をべろんと舐められ、軽く黒鋼に噛まれる。白い肌にできた歯型。ついでにと耳も舐められた。

びくりと反応して反射で閉じた目をファイがあけると黒鋼と視線が合う。

「朝、城で廊下にいただろ」

「………」

黒鋼の問いにファイは黙った。

「きづいてねぇとでも思ったのか」

ファイが俯く。

あってるから何も答えられなかった。

「…邪魔なんかできるわけない…でしょ…」

ぽつりとやや時間が経ってから魔術師が呟く。

「手遅れになるまえに、オレは離れたいんだ」

「…?手遅れ?」

そうだよ、と答える魔術師。

「セレス国から日本国にきて、歩けるようになったけど重傷じゃない。まだ玖楼国に行くまで時間はあるけど、オレは君の邪魔をしたくない」

そっとファイの手が黒鋼の手に触れる。大切なものをさわるかのように。ゆっくりと。

「日本国をでるまえに、会いたかったんでしょ…?君だって好きな人いたんでしょう…?」

蒼い瞳から涙がこぼれ出た。

「いねぇよ」

「うそ」

「いねぇ」
また涙が魔術師の目からこぼれ出る。


「だって黒たん、笑ってたじゃない」

見たことない、と魔術師が呟く。あんなにうれしそうな忍者を。

「…菓子をもらっただけだ」

懐からだした黒鋼の袋をあけると、そこには淡い色の透明の菓子だった。

「…なにこれ?」

「こんぺいとうだ」

大きな手が小さな星のような菓子をつまみ、ファイの口元へもっていく。

口にふくんだそれは甘い味がした。

『あの人たちに持って行ってあげてください、と月読様からです』
かけられた声に黒鋼は振り返る。

声の主は知世姫のおつきの女官だった。


『中身はこんぺいとうだそうですよ』

何が入ってるのかと訝しんだ黒鋼の気持ちをな
んとなく読み取ったのだろう。

にっこりと彼女は笑った。

黒鋼の頭の中で仲間たちの顔が浮かぶ。

モコナは食べるだろうか。小狼は。

甘いものがたべれないとは聞いたことがないから気分さえよければ食べるかもしれない。

魔術師は。

喜ぶだろうか。

へにゃんとした笑みを見せてくれるだろうか。

いつだって黒鋼の心を占めているのはファイのことだ。


「やっと笑ったな」

すっととけた甘味に思わずファイが笑むと、黒
鋼が告げる。

黒鋼の発言にファイが赤くなり。

ぷいっと黒鋼から視線をはずした。

金の髪から見えた耳はほのかに赤い。


「…あのねぇ、オレすごくめんどくさいけど」

「おう」

「手放すなら今のうちだからね」

「しねぇよ」

「…!!なんでそう君は自信満々かなぁ。
百年の恋っていうし途中でさめるかもしれないだろ…」

「やっと手に入れたもんを、早々手放してたまるか」

「…っ!!!」

ぱくぱく口を動かす魔術師。声にならないらしい。

ファイの肌蹴た着物を戻し、金の髪に口づけすると、またそっぽ向かれた。

そんな所作でさえ愛おしい。

白い手が黒鋼の着物を掴む。そのまま顔を黒鋼
の着物におしつけた。

「本当に知らないんだから」

「おう」


あの間延びした声ではなく、今の言い方なのはどっちがいいか迷っているせいもあるのだろう。



新しい一歩。

迷って、でも恐る恐る踏み出した一歩。

飛王との決着の時は未だ。

けれどそんな少しの時間を惜しむように二人は佇んでいたのだった。










end.






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