■短篇■

□Rhapsody...
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いっそのこと、狂ってしまえたら楽になれるのに…



もう大切なものなんて作らない。

そんなもの
もう、自分には必要ないから。




失うことの悲しみも
失くしたものへの憧憬も


その痛みを知っているから…
もう大切なものなんて作らない。

そう決めたはずだったのに、
いつしか、自分にとって大切なになっていた君という存在。


目を閉じれば姿が、
耳を澄ませばその声が、

まるで昨日の事のように鮮明に蘇る。


いっそのこと、狂ってしまえば楽になれるのに…

けれど

記憶に残る君が、それを許さない。

すべてを捨てて狂ってしまえたら、きっと楽になれるのだろう。

けれども、そうして手にした安寧の世界に君はいない。


狂ってしまえたら、と願いながらも、こうしているのは、君を忘れたくないから。


復讐という、醜く愚かな妄執に囚われながらも、人として在り続けたいと願うのは、ひとえに君への恋心故。


あの日、君を残し里を去ったことに悔いはない。

数年経ち、回顧の念に駆られても、あの選択が間違いだったとは思わない。



今はもう過去の事。
未来を捨てた自分に守れる愛があるはずがない。

この二本の腕は、君を包み抱き締める事よりも、己が復讐の為に多くの他人の血を流す事を選んだ。


この血が滲み滴る穢れた腕で、君を抱き締める事なんてもう、出来やしないんだ。



それでも

君を心に置く事は許されるだろうか。

君を救いに日々を生きることは赦されるのだろうか。



君の名を、口にすることを…



「…サクラ…」


全ての思いを込めて彼女の名を呼べば、記憶の中の君が笑って振り返ったような気がした。





いっそのこと、狂ってしまえたら、楽になれるのに…





■Rhapsody...■
       ■FIN■

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