- 教えて、デージー -

 紅い布に覆われた雛壇は、内裏雛をはじめとした人形たちと調度品、それから薄く色づく桃の花で飾られる。
 雄大で優美な、雛人形。
 親から子に代々受け継がれてきたこの人形はどこか古びて見えるが、歳を重ねるにつれ、現在の持ち主はその良さがだんだんとわかるようになってきた。
 はじめて見たときはあんなに怖がっていたのにも関わらず…。

「今年も綺麗に飾ったわね、桜子」
「…ママ」

 人形に見入っていたせいか、客人に気づかなかった。
 客人、とは言っても…桜子の母親である香代子だったのだが。

「いらっしゃい、ママ。気がつかなくてごめんなさい」
「いいのよ、熱心に飾っていたようだったから…」

 そんな数時間前の桜子の様子を知っているところを見ると、一体いつから見ていたのだろうと、桜子は疑問に思う。
 けれど、すべてを飾り終えるまで声をかけずに見守っていてくれたのかと思うと、香代子のそんなささやかな配慮を嬉しく思うのだった。

「無心に飾っていたようね」
「ええ…」
「見えぬ我が子の幸福と成長を祈って…」
「……」

 ぎゅっと、桜子の握る手に力が入った。
 香代子の言うことに間違いは全く無い。けれど、無いからこそ、認めたくない、認められない部分があって…。
 それに触れられてしまった桜子は身体をこわばらせ耐えることしかできないのだった。

「かれんは元気だったわよ」
「…逢ったの?」

 声が、震える。

「ええ、あなたの元へ来る前に。でも平日なのになぜか遙くんがいて…あの子の傍にいてくれるようだったから、桃の花だけ置いて、早々と退散してきたわ」

 かれんとの時間を、少ししか過ごせなかった香代子は、不満そうな声で出来事を語る。
 けれど桜子にとっては、少しでもかれんと同じ空間で同じ時を刻めた香代子を、羨ましくも思えてしまうのだった。

「…桜子。我が子を思って雛人形を飾るのも良いことよ。けど…それよりももっと大事なことがあるでしょう」
「…っ」

 香代子の言葉にはっと気づかされる桜子。でも、先ほどの香代子の話を聴いて…気づくのが遅かった、遅すぎたと目を伏せるのだった。
 きっと…もう彼女は、今さら私が手を伸ばしたって、届かない場所に行ってしまったのだから。
 雛壇のてっぺん。いや、もっと遥か上の方へ、お内裏様と手を取って、肩を並べて、きっと幸せに暮らしているのだろう。
 私が彼女から取り上げてしまった…柔らかな笑顔を浮かべて…。
 そう思うと無性に、涙が込み上げてくる。

「逢いたいのなら、逢いに行きなさい。あなたはこの世でたった独りの、あの子の母親なんだから」

 教えて、私の雛菊。
 あなたは今、幸せを感じているの?

 あなたは…今さら母親面した私があなたの元を訪れても困ったりしない?
 あなたから、幸せを取り上げることにはならない?

 母親が娘を想うこの気持ちの答えは、見つけることはできない。香代子にも、桜子にも。
 答えという名の本心は、娘の…かれんの中にあるのだから。
 まるで桃の花のような、淡く色づく…綻びはじめたつぼみの中に。



- fin -


20100311



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