短編

□ハニーオレンジの星に告ぐ
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いつもと変わらない学校の帰り道、冷たい風が少し長めの私の髪を運んだ。

『うぅ、さぶっ』

まだ夏であることを信じ切っていた私は今の風に自分は大きく間違っていたことを知らされる。しかし今着ている学校指定の半袖はどうしようにも長袖にすることはできない為、出ている腕をもう片方の腕で隠し、隠し、とそれを続けることでなんとか寒さをごまかそうと頑張っている。隣を歩っているトシは、ちゃっかり長袖のワイシャツなんか着ちゃって、そのまた隣を見れば総悟もトシと同じく長袖だった。なんだ置いてかれてるの私だけか。

季節の変化を様様と目の前にし、高校最後の夏が終わることに、どこか寂しいような哀しいような感覚を覚える。来年の今頃には皆それぞれに違う場所で新しい生活を送っているのだろう。
トシは警察官になりたいとかでどっかの大学を受けるみたいだし、総悟は総悟で既に剣道で推薦入学を決めているそうだ(銀八が言ってた)。私はというと、昔からの憧れだった美容師さんになるべく近くの専門学校へ行く(って言ったら総悟に鼻で笑われた)。結局、最後の夏って言っても、トシは勉強、総悟は部活、私はバイトでたいして遊べなかった。だからなのだろうか。こんなに物足りない感じがするのは。

『今年たいして遊べなかったね』

誰に言うでもなくぽつりと呟いたら隣から「あァ」と気怠そうな声が返ってきた。

「そーいやァ今年は花火やりませんでしたねィ」

「そういえばそうだな。珍しくコイツが言い出さなかったからな」

トシがちらりと私を見たのが分かった。
私だって花火はやりたかった。でもトシと総悟がなんか忙しそうな話してたから、自分もバイトをたくさん入れて暇な時間を無くした。最初はそれで気が紛れると思ったが、今となっては後悔以外の何でもない。無理にでも遊んでおけば良かった。はぁ、と小さく溜め息をついた私を見、総悟が声をあげた。

「今から花火やりやしょう」

「おォ、いいな。やろうじゃねェか」

『まじでか』
 
正直、トシが乗るとは思わなかったから少し驚いた。毎年、私が誘いに行っても渋々といった感じで家から出て来ていたのに。トシの意外な返事を嬉しく思いつつも、あることを思い出して憂鬱になる。この後7時からバイトなのだ。時間までもう1時間と無い。そのことを告げると総悟は彼らしいと言えば彼らしい自分勝手な意見を挙げた。

「バイトなんか休みなせェ。生理痛が酷いとか適当な嘘ついて」

『仮にも乙女に何言わすんだコラ』

「じゃあ俺も予備校休む」

『トシもそんなこと言って!落ちても知らないよ!?』

「バーカ。俺が落ちると思ってんのかお前ェは」

「バーカ。土方コノヤローが落ちねェで誰が落ちるんでィ」

「あァ?総悟やんのかコルァ」

またいつものパターンで喧嘩が始まった。総悟が逃げてトシが追いかける。心なし総悟が海のある方へ逃げているのは気のせいだろうか。そんなことを考えてたら総悟だけでなく、トシの姿も見えなくなったので慌てて追いかける。すぐ追いかけたのに奴らの姿は全然見えてこない。運動をやっている2人と違い、久しぶりにフル活動させられた私の肺と脚は、もう音を上げている。心臓に関しては爆発寸前だ。
はあはあと息を切らしながら電柱にもたれ掛かるようにして立つと、少し前のコンビニでトシと総悟が手いっぱいに花火を持って立っているのが見えた。この時期によくも売ってたものだ、と場違いな事を思いつつも力を振り絞って彼らの元まで走った。空には1番星が輝いている。

「何をそんなに喘いでるんでさァ。行きますぜィ?」

『あえ、いでない…ゼェゼェ』

「おい、大丈夫か?」

ゲホゲホと本格的に噎せ始めた私を見、トシが背中をさすってくれた。まったくトシは優しいなコノヤロー。総悟はと言うと、いつの間にあんな所まで行ったのやら、浜辺から「早く来やがれィ」なんて叫んでいる。私も負けじと『今行ってやる!』って叫んだら上から「鼓膜破れんだろ」ってゲンコツが降ってきた。コノヤロー!前言撤回致します。トシは全然優しくありません。痛みに頭を抑えながらやっとのことで総悟の元まで行くと、奴はもう花火を始めていた。辺りが暗くなったことに気づき、日の短さに驚く。

「てめッ、汚ェぞ」

『あーたしもー!』

携帯がポケットの中で騒ぎだしたが構うもんか。画面を見ずに親指で電源ボタンを長押しし、その間に右手で総悟の花火から自分の花火へと火を頂戴する。最初は黙って火を分けていた総悟もトシが来た途端に激しく動き出す。逃げる総悟、追いかけるトシ、笑う私。シーズン遅れの明るい花火が空を照らした。





ハニーオレンジの星に告ぐ

ハローハロー聞こえていますか?

私は今、とっても幸せです







バリバリバリ

てめっ総悟!花火の塊に引火させてどーすんだコラ

ありゃりゃ、土方コノヤローがしつこいからですぜィ?

まァ、これはこれで綺麗だよ



















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2008.08.25
絶惨爆走中 さまに提出!
素敵な企画ありがとうございました!

ふみか


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