短編

□魔女の危険な誘惑に
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今、俺に分かること。
少し前まで降っていた雨が止んだこと。
さっきまで隣を歩っていた君が消えたこと。
後者に関してはほんとについさっきまで。
たぶん俺の隣から君が姿を消して、まだ十秒とたってないはずだ。君はさっきまで、チョコレートをのせた右手を俺に差し出して「け!けぇ!」と意味不明なことを言っていた。なのに俺がちょっと目を放した隙に居なくなった。
カナリびっくりしたことは認めるけど、生憎俺は急に消えるとか現れるとかそういう類のことは信じていないから、まだ冷静だ。


「しゃっけぇぇえ!!!」

「何してんの。大丈夫?」


君の声がちょっと下のほうで聞こえた。
どうやら(何故か)草ぼーぼーの畦道の端っこを歩いていた君は、さっきの雨で綺麗なほどに潤った草に足を滑らせて、田んぼの中へ見事にダイブしたみたいだ。

「退ちゃん!んな冷てー目で見てねで早く助けてくんちぇ!」

「…(くんちぇ?)だって、汚いよ?」

「酷っ!今の傷ついたあ!!青春真っ盛りの女の子さ言う言葉じゃねーべよ!」

「あーハイハイ。ごめんね」

あまりに煩く喚くから、田んぼの中から引っ張りあげてやったら、君が予想以上に軽くてまたびっくりした。案の定、君のブラウスには茶色いぶち模様ができていて、膝上二十センチ程の短いスカートにはやっぱり泥がべっとりとこびり付いていた。顔にもてんてんと茶色い黒子ができている。なんだこの娘意外と天然?
普段からは考えられない彼女の様子にツボを持って行かれつつ、笑わないよう、顔をしかめて堪えていると、いきなり天然娘はしゃがみ込んだ。


「あぁーっ!!ぶんずになってる!」


………この人今、意味の分からない単語を口にしませんでしたか?


「ちょっと待って、ぶんずって何?」

「だぁかぁら、ぶんず色になってんの!あぁーもうおら嫁さ行けね」
 

だから何なんだよォオ!!と突っ込みたくなったが、今はそれどころじゃない。緊急事態発生だ。


「パンツ…見えてるよ」

「え?……ぎょぁぁあああ!!!」
 

そこからは本当に大変だった。退ちゃんのスケベ!むっつり!変態!女の敵!(これにはちょっと傷ついた)と騒ぐ君をどうにか宥めて、カバンから出したハンドタオルで顔を拭いてやり(君のカバンも泥水の中から拾ってきた)、今度は下を向いてぶつぶつ何か言い出した君を後ろから押して歩かせる。君が歩くにつれ、君の履いているローファーからは、ぐちゃっぐちゅっと気持ちの悪い音がした。ついでに君が何をぶつぶつ言っているのか聞き耳をたててみれば、やっぱり「お嫁さ行けね…」のエンドレスだった。

ここはちょっとムシしておこう、とそのまま君を片手で押し続けていると、君の足がはたと止まった。必然的に君に突っかかるようにして俺の足も止まる。


「何!?いきなり!」

「んだ!」

「え?」

「退ちゃんがおらもらってくれっと良いんだよ…!」


いきなり君が後ろを向いたもんだから、顔がすぐ近くにあって驚いた俺の足は二三歩下がった。


「何でそうなるの」
 
 
俺と君とは恋人同士でもなければ特別仲良しってわけでもない。ましてやうちの学校の男子生徒なら君を知らない奴は居ないんじゃないかってくらい美人な君が、ここまで地味が取り柄で生きてきた俺を選ぶ理由が分からない。君と俺の共通点と言ったらクラスが一緒なくらいだ。なのに、なんで、


「だっておらがお嫁さ行けね原因作ったの退ちゃんだっぺ」


そうにこっと返されて、情けないことに俺は頭からさっきの疑問なんか吹っ飛ばされて、ついでに寿命も軽く五年は縮んだ。
変になまりが酷い上に高3にもなってウサギさんパンツ穿いてるクセに、今の笑顔は反則だ。



魔女の危険な誘惑に




どうやら俺は負けてしまったようだ。









「さぁーて、このしゃっこい服を乾かしますか!」
「しゃっこいって何?」
「え!知んねの?」


















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2008.08.19
方言女 さまに提出!
次の日あたり退は学校の男子達を敵にまわすと良いですね
楽しい企画ありがとうございました!
 
ふみか

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