短編

□真実を知るものはもう居ない
1ページ/1ページ








「ねぇいさむ兄ちゃん!私ね、おっきくなったら、お兄ちゃんのおよめさんになりたいなっ!」



「いさむ兄ちゃん、…なんで父さまと母さまは私を捨てたんだろぅ」



「あぁーっ!それ私のバナナ!!もう…勲ちゃん嫌いっ」



「勲ちゃん勲ちゃん!だぁーい好きっ!」








そんなことを言いながら、俺にじゃれ付いてきた君は何処に居るんだろう。

今、俺の目の前に居るのは初めて俺の家に来た時のような脅えた顔でもなく、過去に潰されそうになった涙でぐちゃぐちゃに汚れた顔でもなく、俺を好きだと言って抱きついてきた時の太陽みたいな笑顔でもない、凛とした表情の中に、どこか、哀しさを隠しきれてない、君。


どうやら君は明日お嫁に行くらしい。確か、どっかの金持ちのお坊ちゃんの所だったな。ちょうど俺も、明日武州を出るんだよ。
 


「ねぇ、知ってた?
私ね、小さい頃からあなたのことずっと、ずぅっと大好きだったのよ?」



小綺麗に着飾った君から放たれた最後の小さな悪あがき。俺を困らそうって魂胆なんだろう?

あぁ知ってたさ。そういう君は覚えてないかも知れないけど、俺のお嫁さんになりたいって駄々捏ねて、俺の親父とお袋困らせてたじゃないか。道場行って帰って来ると顔中くしゃくしゃにして笑って俺を出迎えてくれたじゃないか。何時だってなんでもない風を装って、たくさんの気持ちを一人で背負ってはよろけて俺にぶつかってきていたじゃないか。それを気付くな、と言う方が無理に近いよ。まったく。周りからゴリラゴリラと言われる俺に気付かせるなんてよっぽどの大物なんだよ君は。

俺だってなぁ、君が見えない大荷物背負ってこの家に転がり込んできた時から、ずっとお前を見てきたんだ。荷物に押し潰されそうになってよたよたしても、足踏ん張って頑張って立ってる君を見てきたんだ。早く楽に、早く幸せにしてやりたいって何度思ったことだったか。
 
だが、月日が過ぎ、俺も君も成長するにつれて、それは俺には無理な話だって気付いちまった。君が俺の家に転がり込んで来て次の日、俺の親父が役所にヘンな紙届けに行った時点で、俺と君とは兄妹になったんだ。そしてこの事実は俺達がどう足掻こうと覆せねぇことなんだ。それに気付いちまったんだよ俺は。


「勲ちゃんっ…、」


目に涙を湛え、今にも泣き出しそうな君を俺はあの頃のように抱きしめてやることも、よしよしって頭撫でて慰めてやることももう出来ないんだ。ただただ握り拳に想いを隠して、最後まで格好良い兄ちゃんでいなきゃならねぇんだ。



「幸せに、なるんだぞ」




そしたら君は顔に薄く、微笑みを湛えて「ありがとう、」と掠れた声で呟いた。
 

真実を知るものはもう居ない









「私、兄ちゃんのお嫁さんになる!」

「じゃあ俺は旦那さんだなぁ!」




あの時俺は、ちゃんと笑えていただろうか












----------
2008.08.11
彼は嘘吐き さまへ提出
素敵な企画ありがとうございました

ふみか


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ