短編V

□Snow in the Dark
2ページ/10ページ



「騎馬王丸殿……、私、いい考えを思いついたのですが、一つ、その耳を傾ける気はありませんか?」


「初めて意見が合ったな。実は俺もいい案が浮かび上がった」




 彼らを知る者であるなら、恐らく本人からだいぶ距離を取っていたことだろう。


 まるで子供のように、一切の邪気の無い、輝かしい笑顔を浮かべる2人の幹部。


 その笑顔の裏に隠されている黒い部分が微かに浮かび上がっていることに、
当人達は気づいていただろうか――?







+ + + + +







「まったく、あの2人は……」


 休憩室からジェネラルの間に足を運んだガーベラは自分の主人が休眠状態に入っていることを知り、
そのまま休憩室には戻らず、自室に足を向けた。


 遣り残していたドーガ・ボマーの調整を終わらせ、余った部品をかき集めて、適当な製作に当たる。



「…………………」

 ふと、ガーベラは手を止め、壁際に置いた棚から一つの勲章を取り出した。


 黄金色に輝く六角形にも似た形の中に、翼を広げ 中心に十字を刻み、あの間には「GF」の文字がある。




 本心は、未だに忘れられない『あの人』がいる世界に行きたかった。

 例え見捨てられたとしても、心の何処かでは、まだ捨てきれない想いがある。

 しかし、その想いを蹂躙するかのように、ガーベラを自嘲し、勲章を棚に戻した。
バンッ、とガーベラは乱暴に引き出しを棚に押し入れる。


「愚かしいことを……」


 愚かしい――本当に愚かしい事だ。


 黒に染まった自分には、二度と白を纏う資格など無い。

 それは同時に憧憬を描いていた『彼』にも会えないということを意味している。




『彼』は敵だと教えられた。


『彼』も結局は愚かしいニンゲンと同じなのだということを教えられた。



 だから、もう白は纏わない。


 ――纏ってはいけないんだ。





 コンコン――。


 感傷に浸っていたガーベラを現実に引き戻すように、扉打ちの音が聞こえて来た。
ハッと意識を現実に戻したガーベラはゴホン、と咳払いを一つしてから、どうぞ、と入室を促す。


 失礼します、という慇懃な態度で入室してきた存在を認めて、
ガーベラはモノアイの裏側で露骨に嫌そうな顔を浮かべた。



「そんな嬉しそうな顔しないで下さい」


「あえて言おう。凄く嫌がっているんだが……」

 言葉で示しても、デスサイズに堪えた様子もなく、
むしろ相変わらず飄然とした様子でトレイの上に乗っていたマグカップを机の上に置く。


「そうつれないことを言わないで下さい。あぁ、一応差し入れです。
コーヒーはあまり淹れたことが無いので、味見してみませんか?」

 そういって、デスサイズは机に置いたマグカップをガーベラに差し出す。



 ――危険度・高――。



 一瞬にして、ガーベラの脳裏にそんな文字が浮かんだ。


 マグカップの中で揺れる液体は何処からどう見てもコーヒーだ。
少し濃そうな苦い香りがガーベラの嗅覚まで届く。



 だが、問題は中身だ。

 この腹黒ド変態騎士(ナイト)が、自分の伴侶と見定めた姫以外に働くことなどあり得ない。
恐らく、この好意を受け入れた途端、天変地異でも起こるのではないだろうか。



 デスサイズがガーベラのように研究者としての立場ならば、コーヒーに何か細工し、
その間にデータを採取するかもしれないという考えも浮かんだが、
騎士(ナイト)の彼にその考えは杞憂のようだ。


「デスサイズ、少し会わぬ内に頭でも打ったか? それとも高熱で、遂に脳がやられたか?」


 真剣な顔を浮かべて問いかけると、デスサイズの額にピキッと青筋が浮かんだ。


「そのお言葉、そっくりそのままお返し致しましょう。四の五の言わず、味見して下さいよ。
リリが突然、『コーヒーが飲みたい』と言い出して、不味いコーヒーを淹れたりしたら、
大変じゃないですか」


 あ、やっぱり姫絡みか。


 ようやくデスサイズの心意を察することが出来たガーベラは、
ひっそりと安堵の息を吐きながら、差し出されたマグカップを受け取る。


「香りはそこそこ上等のようだが……」


「ラクロアにもコーヒー豆というものは存在します。
その中でも貴族達の中で一番人気だった最高級の豆を使用しましたから」


「ほう……ならば、少しは期待出来るな」

 本音を言うと、2割は期待、8割は不安だったりする。



 本当は適当に言って追い返したかったが、姫絡みであれば恐らく感想を言うまで帰ってはくれないだろう。
そう計算を立てた結果、ガーベラは仕方なくデスサイズが淹れたコーヒーに口を付けた。



 ごくっ、と一口飲む。



 味は――思っていたほど酷くは無かった。
それ以上に美味であったことに、ガーベラは驚き、感心した。

「ふむ……味はなかなか良いな。
しかし、この程度で満足するとは、ラクロアの貴族というニンゲンは味覚が少しおかし――」


 ぐらっと、視界が揺れた。

 なんだ、という疑問を後回しに、思考が一気に睡魔によって支配された。瞼が重い。



次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ