短編V

□戦乱の掟
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 心の奥からふつふつと湧き上がる、やり場のない憤りを沈めるため、覇王丸は空を仰いだ。
視界を遮るものがない空は広漠としており、様々な形を象った白雲が時間の流れに従い、
何処までも空を泳いでいる。


「シュウトと言ったな」
「あ、はい」


「戦の無い世界とは、どんなものだ?」


「え……?」

「空は青い。
それはラクロアであっても、天宮(アーク)であっても、そのネオトピアという世界であっても、
共通の自然現象だ。
だが、その空の下にあるものは、それぞれ違う。
ラクロアは精霊たちが踊り、人々たちの活気が溢れているだろう。
天宮(アーク)は人々の悲鳴、轟音、そして刀が交じり合う戦の音が充満している。
この数十年、その音は絶えた事が無い」


 さっきまで笑っていた同志が、次の日冷たい死体となって帰って来ることほど恐ろしいことは無い。

 何故戦わなければならないのかと言うと、誰もが世界という大きな国を手に入れようとしているからだ。
雑兵たちは、大物になろうとする者についていく。これは大きな賭けだ。
だが、そんなくだらない賭けに、大切な者を奪うという権利が何処にあろうか。


「俺は生まれた頃から、戦しか知らん。
山奥に屋敷を設けるまでは様々な戦場を越え、多くの者を斬ってきた。
それが当たり前だと思い続けてきた。多々の犠牲があってこその平和、勝利だと……」

「そんなの間違ってるよ!」
 シュウトがいきなり声を荒げて、覇王丸の言葉を遮った。


「だって、その中には友達もいるんでしょう?
仲間だっているんでしょう?
誰かが死んでこその平和なんて、そんなの間違ってる!
平和のために戦うのなんておかしいよ!
相手がダークアクシズとか、そういう悪い奴なら仕方ないけど……。
でも、みんな戦わなくてすむ平和を望むなら、戦わなくていいじゃない!」


 覇王丸が反論せずに聞いているとシュウトはハッとして、慌てて口を噤んだ。
覇王丸は楽しそうに笑みを零した。


「平和な世界に育った者だからこその意見だな。
戦う必要が無い平和のために戦う――矛盾しているが、過半数の者はそう思っているだろう。
だが、騎馬王は違う考えだよ」


 空を見上げていた覇王丸は表情を一変させて、険しい眼差しで天地城を見た。

「アレは昔、たった一人の女性のために天宮(アーク)を――天下を取ろうと誓った男だ。
アレは一度言ったことは必ずやり遂げる頑なな性格でな。
それのために一刻も早く天宮を手に入れようとするから、武者大神将にも手をかけた」

 恐らく違うと思うが、少なくとも今はそう思いたい。


『覇王の……もし、騎馬王が道を違えてしまったら、……私の代わりにあの人を支えてあげて……』


 彼の妻、陽騎妃が最期に言い残した言葉だ。
彼ら二人の子である元気丸ではなく、自分に言ったのは、陽騎妃より付き合いが長いからだろうか。


「あの、覇王丸さん……」

「覇王丸でいい。さん付けなど、久々に呼ばれたから、どうもこそばゆくて」

「じゃあ……覇王丸は騎馬王丸のこと、嫌いにならないの?」



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