短編V

□先手必勝の巻
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 拾った仔犬は屋敷の外に繋いでおき、正式に飼うまで無名で通し、
爆熱丸と孔雀丸は仔犬のためにも何度も覇王丸に挑んでいく。
その度、屋敷内で轟音が響き渡る。
通りかかった弟子の1人が壁に激突した2人を発見したり、
小さな滝壺に沈む2人を見つけたりしていた。


「師範代……、爆熱丸も孔雀丸も幼いんですから、苛めすぎないで下さいよ」

 お茶を運んで来た弟子の1人にそう指摘され、
書物を読んでいた覇王丸は「ん〜……」と脱力仕切った瞳を弟子に向ける。


「苛めてないよ〜。アイツらを強く育てるだけだも〜ん」

「暇潰しに遊ばれている爆熱丸と孔雀丸が不憫です」

 弟子は何処からとも泣く取り出したハンカチを目頭に当てながら嘆き、悲しむ。
そんな弟子の様子などよそに、覇王丸は呑気にお茶を啜った。


 その時、――ガラ! 爆熱丸が妻戸を開けて覇王丸の私室に入ってきたと思ったら、
彼は覇王丸の傍らにある五聖剣目掛けて飛びかかった。
覇王丸はそれを軽々と片手で二刀同時に上へと飛ばす。
爆熱丸は顔面から畳の上に激突しては、顔を押さえて悶絶する。


「く、孔雀丸〜!」

 悶絶したままでも、爆熱丸はどこかに隠れているであろう、兄弟子の名を呼んで合図を送る。
すると、押入れの襖が開けられ、孔雀丸は宙を泳ぐ五聖剣の二刀に手を伸ばす。
だが、彼の手が鞘に届くより先に、覇王丸が投げたお盆を額に受け、
仰け反っては押入れに詰め込んだ布団の上に倒れる。


 怒涛のように繰り広げられた短い激闘を終え、
しかし何事もなかったかのように覇王丸は再びお茶を啜った。

 弟子は今さっき自分が目にしていた光景を、
夢だ夢だと暗示っぽいことを唱えながら覇王丸の私室を後にしたという。



+ + + + +




「あててて……まだおでこが痛い」

 お盆が当たった箇所を摩りながら、孔雀丸は爆熱丸と共に板張りの廊下を歩いていく。
彼らの片手にはそれぞれ最低限の犬用の食事がある。


「ししょーも手加減しないからなァ。
でも、残り3日で五聖剣の一振りでも取り上げるなんて出来るかな?」

 いつもならば「そんなことはない!」と一言で返したいが、正直孔雀丸も不安だった。
なんせ、二手三手と先読みして動いているのに、覇王丸の行動はそれをはるかに上回る。
寝込みも寝起きも襲ったが、どちらも返り討ちにされたのだ。


 仔犬に最低限の食事を与えてもいいというのは覇王丸のささやかな情なのだろうか――。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、ふと玄関が見える。
が、その前に孔雀丸は門の前に立つ人影を見つけて、思わず立ち止まった。

 人影に気づいていない爆熱丸がそのまま進むと、孔雀丸は慌てて彼の腕を掴んで引き止める。



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