short

□人魚の歌1
1ページ/5ページ


 二学期最初の日、俺は数週間ぶりに教室に足を踏み入れた。窓際の自分の席に着き壁に背中を預けて周囲を見る。小麦色に焼けたクラスメイト達。俺も例外じゃない。夏休みの出来事を楽し気に話す奴、殺気を出しながら課題の残りを消化している奴……まぁ、様々だ。

 ぼんやりと眺めていると、突然俺の視界の端から何かが飛び出してきた。目の前で上下に振られるから、素早くそれを掴む。何か、というか誰の仕業なのかはもうわかっていた。


「うおっ!」


 間抜けな声が横から上がる。掴んでいた手を放して横を向いて相手の顔を数秒じっと見つめ、そして真顔で言ってやった。


「……お前……誰だっけ」

「佐上! お前……短期間でこの顔を忘れたのか!? この美形を! ……はっ、まさか記憶喪失!? 頭打った? 何か変な物食べたのか?」

「落ち着け。どこが美形だよ、お前のどこが」


 暴走し始めた相手に冷静につっこみ、嘘だよと笑う。すると相手は大袈裟にため息をついた。


「なんだよ焦らすなよ……マジでどうしようかと思ったぞ」


 具体的にどうするのか聞いてみたかったが、話が長くなりそうだったから何も言わない。そのうちに勝手に立ち直った相手は身を乗り出した。……その目が変に輝いてるのは気のせいだろうか。


「……で、夏休みどうだった? 何かないのか? 好きな奴ができたとか彼女ができたとか綺麗なおねーさんに出会ったとか」

「……何で全部女絡みの話題なんだよ」

「夏と言えば出会いだろ、やっぱ」

「どの季節でもそんなこと言ってるよなお前」


 思わず呆れ顔になるが、相手はあまり気にしない様子だった。


「いいじゃん。そんなことよりどうだったのさ。出会い無しにしても何かあっただろ」

「思い出、ねぇ……」


 相手の質問に言葉を濁しながら俺はズボンのポケットに手を入れた。小さな硬い物に指先が当たる。


──『あげるよ。今日の記念に』


 少しかすれた声が、ふと思い出された。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ