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□瞳の奥に孕む
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*盲目少女と怪物の話。差別用語的なものを含むのでご注意を。






「怪物さん、またいらしたんですか?」


 俺が小屋の中に足を踏み入れると、すぐに奴は俺の方を向いて笑った。どうしてわかった、と唸るように問えば、奴は鈴を転がすように笑う。


「わかるに決まってるじゃないですか。たとえメクラでも、それくらいわかりますよ」


 黒い布で目を覆ったままの奴は、それでもしっかりと俺の方を向いて微笑んでみせた。


「あなたの足音も、息遣いも、声も、まとう匂いも。全部、あたしは覚えてしまっているんですから」

「……」


 ――まったく、つくづく可笑しな女だ、と俺は溜息をつく。初めて出会った時から、そして俺が異形の存在であることを知っても尚、奴は俺に恐怖や畏怖の感情を少しも向けてこようとはしなかった。明らかに人間のそれとは違う感触の手で触れても、硬すぎる爪が頬を掠めても、その微笑みが絶えたことは一度もない。

 黒い布で覆われた目元の下で、薄い紅色の唇が緩く弧を描く。


「山は今、秋の色に色づいているんでしょうね。葉が落ちる音や虫の声が聞こえます。それに、肥えた土の匂いも」


 奴の言葉に反応しないで、長く硬い爪が生えた手を伸ばす。柔い肌を傷つけないように気をつけながら奴の目を隠す布を取って、その顔を今一度よく見た。奴の眼は白く濁り、どこかあらぬ方向を眺めている。俺と奴の視線が交わることは、ない。


「どうしたんです怪物さん。何も映さないあたしの目なんて、見ても何も面白くないでしょう?」


 俺の行動にほんの少しの間驚いた奴は、けれどすぐに目を伏せて苦笑する。どこか遠くを見る瞳は瞼の下に隠れた。


「光は戻らんのか」

「戻らないでしょうねえ。流行り病を患ってから、良くなっても目だけは戻りませんでしたから」


 唸るような声でぽつりと問えば、奴は穏やかに笑って伏せた目に手を添える。細い指先が、ゆっくりと瞼の上を撫でた。


「あたしの世界は、きっとこれからずっと、闇色なんでしょう」

「……お前はそれでいいのか」

「良いんです。耳と、鼻と、舌と、手。目が見えずとも、他の感覚があれば生きてゆけますから」


 そう、明るくとも嘆くようにとも表現できない感情の見えぬ声色で、しかし奴はしっかりとした口調で言い切った。次いで、今度はふと口元をやわらげる。


「……それに、あなたがこうして時々話し相手になってくださるから、あたしはちっとも寂しくなんかないんですよ、怪物さん」

「……」


 歌うように言う奴は、野山に揺れる笹百合のようだと思った。その姿を瞼の裏に焼き付けながら、俺はゆっくりと目を閉じる。

 俺はお前の目を治したいと言ったら、奴はどんな顔をするのだろうか。

 いつか、光の戻ったその瞳で、俺の目を見て微笑んで欲しいと言ったなら。

 ……その目に再び光を宿した未来のお前は、今と同じようにこんな醜い俺を受け入れてくれるだろうか。





▽瞳の奥に孕む






140315
段々何が書きたかったのかわからなくなってくる罠。

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