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(空に消える葬送歌2の続き)



 少女の見舞客は、ただの一人だけだった。毎日空が茜色に染まる夕方の、決まった時刻。その時に、その人物は訪れる。

 お父さん、と少女がその人を呼ぶから、フィーアは彼が少女の父親なのだと理解した。

 白髪混じりの髪に、気難しそうな顔つき。疲れているような気がするけれど、灰色のスーツを着こなすその背はしゃんとしていて。小さな柄の入った赤いネクタイをいつもしていた。

 彼は、その顔つきからも感じられるように無口な人だった。いつも話してばかりなのは少女の方で、彼はそんな少女のことを眺めていては時折唸るように相槌を打つ。あまり変わらない気難しそうな顔で、けれど少女を見るその目だけはどこか優しげな光を湛えていて。

 そして今日も、日が沈みきる前に彼は病室を訪れた。彼女の数日分の着替えが入った紙袋と、彼女が好きだというケーキを持って。

 いつものように、ベッドの上の少女は傍らに座る彼に話しかける。窓の外の風景、医師や看護師、他の患者との会話。彼女が見て、感じたことをかいつまんで。そんな少女の話を、彼もまたいつものように聴いていた。

 そうして、いつものように親子の穏やかな時間は過ぎて。いつもと同じ時刻に、彼は席を立つ。


「お父さん」


 病室のドアに手をかけ、開いた彼を少女は不意に呼び止める。振り返って何だ、と問うた彼に、彼女はふわりと笑った。


「いつも有り難う。大好きよ」


 その言葉に、彼は虚を突かれて。しばし呆けた後、珍しく微かに笑ってどうした急に、と呟くように言う。


「なんとなく、言ってみたくなったの」


 動揺する父とは対照的に、娘は表情を崩さない。笑顔のまま彼女がそう告げると、彼は間を置いてそうか、と抑揚のない声で返した。後ろ手にドアを閉めた彼の耳がほんのり赤くなっていたのを、フィーアは見逃さなかった。









「良かったのか、言わなくて」


 彼が去った後、フィーアは少女に問いかけた。少女は振り返ることもせずに父親が出て行ったドアを眺めながら頷く。


「言ったらきっと、困ってしまうわ」


 はっきりとした声だった。フィーア曰く、少女の命の火が消えるのは明日。それも、父親との面会の時間の前。彼との会話は、これで最後だったのだ。


「最後だなんて言ったら、お父さんはきっと悲しんでしまう」


 悲しい顔で別れるのは嫌だから、と閉められたドアを見つめたまま少女は静かに告げた。


「私の小さい頃にお母さんが死んでしまって、それからずっと私につきっきりで、でも決して私に弱い所を見せない人だから……照れた顔が、見たかったの。私が大好きなお父さんの顔が」


 本当は、心からの笑顔も見たかったのだけど、と彼女は微笑みながら付け足す。笑顔の父親の記憶でも思い出しているのだろうか。


「でも、今ので十分。あんなに嬉しそうなお父さん、久しぶりに見たわ」

「……そう」


 ぽつりと、フィーアは無意識に相槌を打ってしまった。すぐにそのことに気づいて顔をしかめる。フィーアの心境を知ってか知らずか、少女はにっこりと笑って見せた。


「あとは、死神さんの笑顔が見たいわ」

「は? なんで僕が笑わなきゃいけないんだよ。しかもおまえなんかのために」


 フィーアは途端に顔を思い切り歪ませ、少女に噛みつくように言う。しかし、少女は動じることなく歌うように返した。


「だって、いつも眉間に皺を寄せていたり、口の端が下がっていたりしてるでしょう? 不機嫌そうな顔しか見ていないもの」


 もっと別の表情も見たいわ、と彼女は囁いた。


「……」


 何か言いかけたフィーアは不機嫌そうに目を逸らす。視界の端に映っていた自分の嫌いな真っ白の翼をそのまま睨んだ。

 そういうお前は、へらへら笑ってばかりで一度だって泣いたり怒ったりしてないじゃないか。

 そんな言葉を、ぐっと飲み込んで。







した別れ

(大好きな人の悲しい顔なんて見たくなかった)
(だからこれで最後なんて、知らなくていい)






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……2年ぶりってどういうこと()


140210

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