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□噛み砕かれた飴のような
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彼の片耳に光るピアスは、数年前に別れた恋人からの贈り物らしい。
出会った時から常にそこに在る銀のピアスは彼によく似合っていると思ってはいたけれど、その話を聞くとどうにも納得いかなくなってしまった。
気に入っているから今でもつけているだけなんんだよ、と彼は言っていたけれど、どうしても未練がましく思えてしまう。
悔しいのだ。顔も名前も知らない誰か、以前私と同じ場所に居た人間が、いつまでも彼の中に居ることが。その人が、きっと私の知らない彼をたくさん知っているのだろうと思うと、彼の甘い表情がその人にも向けられていたのだと思うと、胸の奥が暗くどろどろとしたもので埋め尽くされてしまう。
これが世間一般で言われる「嫉妬」なのだろうと思うと、余計に悔しくなった。
彼に抱きつくと、その度に彼の耳朶に鎮座するピアスがちらつく。まだあんたなんかに渡さないわ、と知らない女性の笑い声がそれから聞こえるような気がして、私は思わず彼の広い背中に回した腕に力を込めた。
「どうしたの?」
穏やかな彼の声が斜め上から降ってくる。包み込まれるような暖かさと甘さを含んだその声は、いつも私の心を満たす魔法。私だけに向けられた、彼の愛情。それをわかっているのに、やっぱり目の前の形見は邪魔だなあ、と思う。
小さくも存在を主張するピアスに、彼の心の隅を未だに占領しているだろう彼女を重ねて、思い切り睨む。そうしながら、私は囁くように言った。
「……今度、私が新しいピアス買ってあげるよ。あんたにもっと似合うやつ」
だからもう、それ付けないで。続く言葉を口に出さないで、代わりにその肩に顔を埋める。
前の恋人のことを忘れて、とは言わない。それはきっと、私が当時の彼を否定してしまうことになるから。彼のことを、ましてや知りもしない彼の一部分を否定するのは違う気がする。
そんなことを悶々と考えながら抱きつく私の様子に彼はほんの少しだけ驚いて、次に微かに笑うと私のよりも一回りも大きな手で徐に私の頭を撫で始めた。
「……なによ」
「いや、可愛いなあと思って」
「っ、バカじゃないの」
私の心情をわかっているのかいないのか。そんなとぼけたことをのたまう彼は、もしかしてとんでもない策士なんじゃないかと思ってしまう。敗北感にも似たようなものが胸を支配するのはどうしてなのだろう。
「うん、楽しみにしてる」
穏やかな彼の答えに、もう一度、バカじゃないのと負け惜しみのように呟く。……こんな心境でも何だかんだ彼の言葉に一喜一憂してしまう私は、自分が思っている以上に扱いやすい人間なのかもしれなかった。
▽噛み砕かれた飴のような
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書いててだんだんわからなくなってきた。
131210