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□原動力は君でした
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「何か貸して」
そう唐突に言われたのは、前期の二次試験を二日後に控えた放課後。橙と藍色の入り混じったどこか寂しげな空気が流れる、自習時間が終わった下校時刻間際のことだった。
俺が昇降口にやって来るのを待ち伏せしていたらしい彼女は俺の姿を見止めると単語カードをポケットに突っ込んで出しぬけにそう言った。
――想えば、こうやって言葉を交わすのはかなり久々な気がする。俺達が互いに持つ肩書ならば、もっと頻繁に言葉を交わしても良いはずなのに。
それはきっと、クラスが違うからではない。受ける大学が違うから。難関と言われる大学を受験する俺を気遣っているからなのか、彼女が俺にあまり近付くことは無かった。そんなもの、余計な心配だというのに。
そんな彼女が今口にした言葉の意味がよくわからなくて、俺は首を傾げた。
「うん?」
「だから、何か貸してほしいの」
「何かって、何を?」
「何でもいい。シャーペンでも消しゴムでも。ヘアピン……は、ないか。女子じゃあるまいし」
「でも、どうして」
「……明後日、二次だから。明日行くから、その前に顔を拝むついでにあんたの頭の良さにあやかろうと」
方眉を上げて問うと、何故か彼女は慌てたように目を泳がせながら早口でまくしたてる。何か隠してる、そう直感した俺はその目をじっと見つめた。
「……なに」
「本当は?」
言え。そう目で訴える。睨みあうこと数秒。先に折れたのは、言わずもがな彼女だった。目の前の顔がみるみる赤くなっていく。
「……お、お守りに、持って行きたいなーと思いまして。一人で不安になるし、本番頑張れるように、さ」
どこかばつの悪そうな表情で、視線が下に落ちると同時に小さくなっていく言葉。けれど残念ながら丸聞こえなわけで。
ある程度は予想していたその返答に、彼女にはわからないように微かに笑って。ふと自分の視線を落とすと、心なしか不安げに組んでいる彼女の手。その手首には光るもの。
「時計、外して」
「え?」
「だから時計。いいから早く」
有無を言わさず外させたそれを受け取る。飾り気のないシンプルなデザインのそれは、俺の掌の上で鈍く光った。
「どゆこと?」
訝しげな視線を無視して、出させた掌に乗せたのは彼女のよりも一回り大きな腕時計。ようやくこちらの意図を理解して目を大きく見開いた彼女に、今度は声を漏らして笑った。
「交換、ってことで」
失くすなよ、と言ってやれば、ようやくいつもの調子を取り戻したらしい彼女は表情を崩してそっちこそと呟いた。
原動力は君でした
(きっとこれが、自分にとっての力になる)
(そう思うのは彼女だけじゃない)
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題しまして、本当はやりたかったことシリーズ(笑)
頑張れ受験生!! こっそりと応援します。
120121