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□シアワセな朝を君と
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 とんとん、とんとん。

 クツクツ、コトコト。

 規則的な音と、美味しそうな匂いで目を覚ます。時刻は決まって六時半。着替えて軽く支度をして、自室のドアを開ける。幾つかのドアが並ぶ廊下を通って台所へ。

 その途中、私はある一つのドアの前でふと足を止めた。朝が苦手だと以前ぼやいていた部屋の主はどうやらまだ夢の中のようで。まだ起こさなくてもいいだろうと思い、私は再び歩き出す。そのドアをそっと撫でながら。


「おはようございます、おかあさん」


 台所に顔を出して、こちらに背を向けて黙々と作業をする小柄な背に声をかける。すると彼女はその手を止めて振り返り、私の姿を確認するとふわりと笑った。


「あら、おはよう伊織ちゃん。今日も早いわね」

「ご飯の匂いがすっごく美味しそうだったので。手伝いますよ」

「ふふ、ありがとう。それじゃあご飯よそってくれる?」

「はーい」


 軽く腕まくりをして杓子とお椀を持つ。おかあさんこと大家さんと穏やかに談笑しながら朝ご飯の準備をするのが、私の、この下宿屋での日課だ。

 そうして広い食卓に出来立ての朝ご飯を並べれば、私のように美味しそうな匂いにつられて他の住人達が起きてくる。住人はほとんど学生だから、朝からだけれど少し騒がしくて、楽しい。

 皆が各々の定位置に着く中、一つだけ空いた席。それを見たおかあさんが困ったわ、と頬に手を当てた。


「祐希君、まだ寝てるみたい」


 おかあさんの要望で、毎朝の食事は皆で取ることが決まりの一つになっている。なんでも、料理をたくさん作って大人数で食べるのが大好きなのだとか。けれど時折こうやって寝過して揃わない人がいる時は大抵残念そうな顔をするのだ。

 私も空いた席を見てちょっと残念だなと思っていると、突然おかあさんがこちらを向いてにっこりと笑った。


「そうだ、伊織ちゃん。祐希君を呼んできてくれないかしら」

「へっ!?」


 びっくりして顔を上げると、おかあさんは名案だと言わんばかりに頷いている。


「いいじゃない、起こして来るだけなんだから。祐希君もきっと喜んでくれるわよー?」

「や、でも、あの」


 助けを求めようと周囲を見るが、誰も目を合わせてくれない。それどころか、にやにやと嫌な笑みを浮かべている人さえいて。……後で覚えてろ。


「ね、お願い。伊織ちゃん」

「…………行ってきます」


 おかあさんに逆らえなかった私は、むっとした表情で席を立った。




 朝立ち止まったのと同じドアの前に立って、一つ深呼吸。どきどきと高鳴る胸を無理やり押さえつけて、ドアを叩く。


「祐希さん、朝ご飯ですよー」


 声をかけると、数秒経って唸り声のようなよくわからない声が聞こえてきた。まだ寝ぼけているのだろうか。


「ゆーきさーん、入りますよー?」


 部屋の主が動く気配が無いので、強行手段を取らせてもらうことにした。ばん、と勢い良くドアを開けて一歩中へと足を踏み入れる。割と片付いている部屋のベッドの上で丸くなっているそれに近付き、かかっている布団を思い切りはがして。


「うわっ!?」


 その拍子に転がり落ちるジャージ姿の部屋の主。ごん、と鈍い音が聞こえたけれどそれで目が覚めたようなので気にしないことにする。


「……いってー……あれ、伊織?」

「おはようございます、このねぼすけ。もう朝ご飯出来て皆揃ってますよ」

「え、もうそんな時間!?」

「そんな時間です。もうそのままの格好でも良いからさっさと来てください」


 呆れ顔でそう言ってやれば、あちゃーと呟きながら鳥の巣状態な頭に手を当てる。そうしてゆっくりと立ち上がり、大きく伸びをした。


「あーあ、また皆に笑われる」

「自業自得でしょ」

「はは、厳しいなー……でも、ま」


 からからと笑うと彼はぽん、と私の頭に無造作に手を乗せて。


「起こしてくれてありがとな、伊織」


 目を細めて笑うその表情が眩しくて、私は慌てて目をそらした。


「あっ、頭撫でないでよ子供じゃないんだから!!」


 思わず敬語も忘れ顔を真っ赤にして怒鳴るけれど、彼はそんなの気にするはずもなくて。

 けれどこんな日常が、大きくて暖かい彼の手が、案外大好きだったりする。



シアワセなを君と

(そんなこと、絶対に言ってやらないのだけれど)
(食卓に着いた時、周囲の視線がうざったいと思ったのはまた別の話)







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三々企画より、刹哉様リクでした。
下宿の恋愛ということで……これでいい? 下宿がよくわからない和咲です。
二人の関係は一方通行でも恋人でもお好きなように。
シリーズものが書けそうな気がします。

有り難うございました!!

120107

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