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□人魚の歌5
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 再び誰もいなくなった教室の自分の席で、ぼんやりと宙を仰ぎ見る。

 この選択は果たして正しかったんだろうか。泣きそうになりながらそれでも微笑んで有り難うと言った彼女の顔が頭から離れない。今頃確実に泣いているだろう。

 女の子を泣かせるなんて罪な男だねぇ、とにやにや笑う秋山の声が頭に浮かぶ。……結構いらっとした。明日あたり一発叩いとこうか。

 ……とにかく帰ろう、と俺は立ち上がった。鞄を持ち上げ、教室をゆっくりとした足取りで出る。

 そんなことを今更考えても過ぎてしまったことなのだ。俺はあの時確かに考えて、自分で判断した。後悔はないのだ。……西村のことは、少しばかり気になるけど。

 明日からどう接していくのか、それは後で考えようと思った。今はあまり考える気にはなれなかった。

 職員室に鍵を返し、玄関に来て水波は、と思いを巡らせる。水波は、西村のことを知っていたんだ。それで西村に相談されたか自分で判断したかで俺から距離を置こうと思った。そんなところだろう。

 取り敢えず、明日からは俺から話に行こうと思う。秋山に冷やかされたっていい、また上手くかわされたっていい、拒まれたって……いや、それはさすがにへこむけど。……とにかく、こうなる前みたいに話せれば良いと思う。

 仕方ないじゃないか。こんな想いを抱くなんて、これまでほとんど無かったようなものだから。どうすればいいのかなんて知るわけがない。

 玄関から外に出る。――その時、俺の耳に音が届いた。


「――!!」


 聞き覚えのある旋律。忘れることのない歌声。思い出す、夜の海。……誰なのか、なんて考える必要は無かった。

 視線を移すと、ピロティの隅の階段に、小さな影が一つ。薄闇に溶けてしまいそうなシルエット。耳を掠める彼女の声に、ぞくりと背が震える。

 彼女の歌は、とても哀しげな、けれどどこか幸せそうな、そんな雰囲気だった。彼女の歌声は、あの時と違って酷く哀しげに聴こえた。

 歌の終わりに近付くのに気付いて、俺は足音を立てないように気をつけながら彼女に近付く。背を向けた彼女の背後で立ち止まり、終わりを待った。
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