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□お菓子よりも欲しいもの
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「トリック・オア・トリート!!」
俺の前に現れ嬉々として言い放った彼女の手には、黒とオレンジで飾り付けられたB5判用紙が入るだろう手提げ袋。現在は溢れんばかりの菓子が詰め込まれている。クッキーの袋やらチョコレート包みやらキャンディーやら色とりどりだ。見るからに甘そうで胃もたれしそうなそれに思わず顔が歪む。
「……戦利品か、それ」
「今年の収穫は上々だね」
「全部食うつもりかよ」
「ん? そうだけど?」
「太るぞ」
「失礼な。ちゃんとダイエットしますー」
軽口を叩いてやると、彼女はこめかみをひくつかせた。怒らせると面倒だが怖くはないので放っておく。
「大体、この年になってハロウィンはないだろ。どっちかっていうとガキにねだられる側だろ」
「別にいいじゃん。心はまだ子供なのー子供だからねだっていいのー」
「うわぁ……」
本気で言ってるのだろうか。まさかそんなことはないだろうとは思いながらも痛いものを見る視線を送ることは忘れない。
大体、甘党じゃない俺にお菓子をねだることは間違いだろう。彼女もそれは解っているはずだ。……ということは、イタズラが目的か。
「で、お菓子はー? ないならイタズラしちゃうけど」
にやにやと若干気持ち悪い笑みを浮かべて手を突き出してくる彼女。俺は溜息をついて鞄の中を探った。小さな固形物を探し当て、彼女の掌の上に乗せる。手に乗せられたそれを見て、彼女は嫌そうな顔をした。
「ハッカ味ののど飴? じじくさっ」
「言うなわかってる。最近季節の変わり目で喉が痛いんだよ。飴もお菓子の内だからそれでいいだろ」
「……仕方ないこれで妥協してあげよう」
納得のいかなさそうな表情をしつつも渋々了承した彼女は手を引っ込める。そしてそそくさと俺から離れようとした。
そんな彼女に俺はなぁ、と声をかける。やられっぱなしでいるほど俺は大人じゃない。振り返って変な表情で何、と聞き返した彼女に俺は笑顔を見せた。
「トリック・オア・トリート」
「……この年になってねだるなんてって言ってたのは誰よ」
「知ってるか、男性の精神年齢は実年齢より五歳ぐらい若いらしいぞ。だから許される」
「……甘いの嫌いじゃなかったっけ」
「たまには糖分を接種した方がいいと思うんだ」
「…………仕方ないなぁ」
溜息をひとつついて手提げの中をごそごそと漁りだす彼女。多分、一応気を使って甘さ控えめのやつを探してくれているのだろう。それか嫌がらせのつもりでめちゃくちゃ甘いやつか。
……まぁ、どちらもはなから受け取るつもりはないのだけれど。
「……あぁ、あったあった。あんたに丁度いい甘さ控えめの――」
言葉が続く前にその手首を掴み軽く引く。彼女のお菓子がいくつか散らばったが気にしない。何すんの、と驚き半分の彼女に知らないふりをして、耳元に唇を寄せた。
「 」
とたんに手を振り払われる。離れた彼女は耳まで真っ赤に染め上げていて。
「ばっ……ばっかじゃないの!?」
そんな捨て台詞を吐いて、お菓子を辺りにばらまきながら走り去って行った。残されたのは俺一人。笑うわけでもなく、怒るわけでもなく、彼女が去って行った方向をぼんやりと見つめながら恨めしげに呟く。
「……逃げたいのはこっちだよ」
お菓子を口にしたわけでもないのに、胸やけがするくらい甘いものを食べた気がした。
お菓子よりも欲しいもの
(顔が赤くなってるのも、歯が浮くような科白を口にしてしまうのも)
(全部、あいつが悪いんだ)
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ハッピーハロウィン!!
久々にこんなの書いたような。
空白は、ね。ご想像にお任せしましょうね←
111030