short

□人魚の歌4
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 文化祭が終わる。少しずつ日常の雰囲気に戻って行く周囲に紛れて、私は彼から離れて行った。何かと理由をつけて何処かに行ったり、クラスの人と話したり。どうしても回避できない時はなるべく目を合わせないようにして。

 ……胸が、痛かった。聞こえてくる声にいちいち反応して、楽しげに笑うその様子を遠くから眺めて、目が合いそうになったらさりげなくそらして。……本当に、何がしたいんだろう。

 そして今日も、同じように過ごして。他クラスの子に頼まれて秋山君を呼びに行って。用が済んだからすぐに離れようと踵を返した、その時。

 誰かに手首を掴まれた。誰か、なんて相手は一人しかいない。そう思った時、呼吸が止まる。手首に熱が集まる。どくり、どくり、と急に鳴り響く心臓の音。そんな焦りを全て抑え込んで、私はゆっくりと振り返った。


「……何?」


 自身を落ち着かせるのに必死になりながら、それでも平然を装ってごく自然に問う。彼は我に返ったように少し視線を彷徨わせた。


「最近お前、変じゃないか? 上手く言えないけど」


 肩が震える。大丈夫、まだ何も知らない。この人が知るわけがない。私は無理やり口角を上げた。自分の表情がぎこちない気がした。


「そう? 気のせいじゃない?」

「何か、悩み事でもあるんじゃないのか」


 少し強い口調で問われ、私は言葉を失った。こちらを見上げる彼。その目はとても強く、そらすことを許さない。

 何も知らないくせに、と思わず心の中で毒づいた。何も知らないくせに心配なんてしないで欲しい。

 誰のせいで私がこんな思いをして、こんな馬鹿げたことをしているのかなんて、あなたは知らないでしょう?

 全て吐き出してしまいたかった。胸の内のわだかまりを全部吐き出して、あなたのせいだって罵って、大嫌いだって言いたかった。……けれど、そんなことできない。

 彼は何も悪くないのだ。結局それは私の、幼い子の我がままのような理不尽で酷く不格好なやつあたりでしかない。そんなことをぼんやりと考えて、自分自身に吐き気がした。
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