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□人魚の歌4
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だから、気付かないふりをしていたんだ。私が彼と話す度に向けられる刺さるよな視線を。彼女が私に向ける視線、彼に向ける視線。それらの意味に気付いていないとでも言うように振舞っていた。
気持ちは解らないわけではなかった。前から想いを寄せていた相手、そこに現れた転校生。知らない筈なのに仲良くし出す光景を見れば、恋敵と認識されるのもおかしくはない。
私とは違って表情が豊かで、可愛らしくて、誰からも愛されるような人。優しいけれど気が弱くて、守りたいと思ってしまうような印象を受けた。委員になったせいで仲良くなって、だんだんとそんな印象が強くなって。
「レイ、ちゃん……お願いが、あるの」
彼女がそう切り出したのは、文化祭の前日。男二人が忙しなく駆けまわっていた時。周囲の喧噪に紛れるように、隣に居た彼女は私に囁いた。
「わたし、前から……佐上君のことが、好きで」
あぁ、やっぱり。
「レイちゃんもきっと、わたしと同じなんだって思う」
……さあ、どうだろうね。
「……だから、酷いことを言うけど」
彼に、近付かないでって? これ以上関わらないでって?
「ううん、そうじゃない。……わたしに、時間を下さい」
何の意味か、と目で問うと、彼女は頼りなさげに視線を彷徨わせた。
「告白したいの。たぶんだめだけど、でも想いだけでも伝えたい、から」
そのために時間が欲しいのだ、と。要するに、一定期間彼から離れて欲しいということだった。
……駄目、だなんて。そんなの嘘だ。こんな可愛い人を放っておくわけがない。
ずくりと胸が疼く。痛い、いたい、イタイ。
心は壊れてしまいそうに震えているのに、唇から零れた声は酷く落ち着いていた。
「……好きにしたらいいよ」
彼女は嬉しそうな、けれど悲しそうな顔をして、ごめんね、有り難うと呟く。そして丁度帰って来た彼の姿を見止めると嬉しそうに駆け寄って行った。楽しそうな二人から目をそらして自分の作業に戻る。
少しずつ距離を置こうと思った。きっと彼女の想いは受け止めてもらえるだろう。そしてきっと、必ず今以上に私が邪魔だと感じるようになるだろう。だから、そうならないように。これ以上、私自身が傷付かないように。少しずつ離れていけばきっと彼も不審に思わない。
……自分の、ために。そう心の中で呟いて、私は微かに笑んだ。