short
□人魚の歌4
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「俺は……」
それに続く言葉を聞きたくなくて、私はそっと教室から離れた。なるべく音を立てないように、二人に気づかれないように足を速める。
忘れ物を取りに来ただけだった。あんな場面に遭遇してしまうなんて、思ってなかった……聞きたくなんて、なかったのに。
外に出て、階段の隅に座る。グラウンドから部活動に勤しむ学生の声。秋の少し冷たい風が私の頬を撫でる。
――あーあ、終わっちゃった。
声は出さないで口だけ動かして、笑う。終わってしまったのだ……私の、恋が。
短くもあっけなかったと我ながら思う。口に出すことはないけれど、あの日から、どこか運命的なものを感じていた。
――私が海に行って歌うのは、いつからか習慣になっていた。だから引っ越すその直前の夜も、当たり前のように海に行って、歌って。誰かに歌を聞かれてしまうなんて思ってなかったから本当に驚いた。
知らない人だったけれど、何となく話しかけやすそうで。話してみて、ぼんやりと感じた。
――ああ、きっと私は、この人を好きになる。
それは、あまりにも馬鹿らしく、勘というには拙すぎるものだったけれど。でもその時確かに、そう直感した。
一夜限りの邂逅にはしたくなかった。だから、あの日持っていた紫貝のペンダントを渡した。彼が私を忘れないように。私が彼を、彼に対する気持ちを忘れないように。
すぐに会えるだなんて思ってもいなかったけど、初めて踏み入れた教室の窓際にいた彼を見て。これは本当に運命なんじゃないかって思ってしまった。
彼も私のことを覚えていてくれて、一番最初に話しかけてくれて。それをいいことに色々と教えてもらったりして。「転校生」という肩書を利用して、彼の隣を獲得できたような気分になっていた。