short

□僕と彼女の昼下がり
1ページ/1ページ

 開け放したままの窓から、穏やかな風が入って来る。僕は部屋に置かれた二人掛けのソファの端にだらしなく体を預け、ただぼんやりと宙を見つめていた。

 最近は一人でも端に座るのが癖になってしまっている。隣にやわらかな温もりが無いことに、凄く寂しく思った。


 最後に彼女の姿を見たのは、いつだったか。きっとつい昨日のことだろうけれど、遠い昔のことのような気がしてしまう。


 彼女はいつだって気紛れだった。こんなふうに突然ふらりと何処かへ姿を消したかと思えばいつの間にか帰ってきたり、甘えた声を出して擦り寄って来たかと思えば僕が触れようとするとそっぽを向いて距離をとったり。そんな彼女に僕はいつだって、振り回されているのだ。


 ふと、出会った時のことを思い出す。薄暗い路地の隅で、汚れた小さな体をさらに小さく丸めて蹲る彼女の姿を見止めたのは、偶然だった。帰る場所や名前すら持たない彼女に僕は手を差し伸べた。僕が君の帰る場所になる、と小さな頭を優しく撫でながら。


 あの時はただ、寄り添う相手が欲しかった。束縛したいわけではなかった。たとえ気持ちが伝わらなくても、言葉を交わすことができなくても。ただ、同じ時間を過ごす相手が欲しかっただけなのだ。


 それが、こんなにも彼女に執着してしまうだなんて。


 僕は一人で苦笑して、体を起こした。気分転換に久々にピアノでも弾こうかと立ち上がり、部屋の隅にあるそれに近付く。

 落ち着いた茶色の蓋を開き、赤いカバーを取って。現れた白と黒にそっと指を当てて押した。ぽん、という柔らかい音色が部屋に響く。何度かそれを繰り返した後、僕は椅子に腰かけて両手を乗せ、右足をペダルに添えた。


 軽やかな音色が開け放した窓から外へと出ていく。いつも開け放したままにしているのは、彼女が好きな時に出入りできるように。


 ざわり、と窓の外の木が揺れた気がした。


 左足をするりと撫でられるような感覚。それを敢えて無視すると、今度は左の腰あたりに温かいものが触れる。腕を下から押し上げられて、そこで僕はようやく弾くのを諦める。

鍵盤から手を離すと、珍しく彼女が膝に乗って擦り寄って来る。その背を撫でながら、僕は彼女におかえり、と囁いた。


 それに応えるかのように、彼女はその丸い瞳に僕を映してニャアと鳴いた。



彼女昼下がり

(言葉は交わせないけれど、気持ちは伝わる気がするんだ)
(ただし、彼女がその気になった時限定で)



----*-----*----

キウイベア様10月お題提出。
こういうの一回書いてみたかった。

111107

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ