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□人魚の歌3
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「やめろ気持ち悪い」
いい加減うざったくなったので突っ込んだ。やっと反応したか、と隣の席に座っていた秋山が笑う。
「ちょ、無視とか寂しすぎるんですけど佐上さん」
「考え事してたんですよ秋山さん」
「え、何? 悩み? よぉしオレに相談しなさい」
「嫌だ」
即答する。えー酷いとか何とか言い出す秋山を聞き流していると、珍しく近付いて来る人間がいた。
「秋山君、呼ばれてる」
「え、マジで。女の子?」
「そう、二組の子。行ってあげて」
「あーいっ」
さっきまでの低めのテンションはどこへやら、秋山は軽い足取りで廊下へと向かって行った。役目を終えてそのまま何処かへ行こうとした彼女を、とっさに俺は手首を掴んで引き止めた。思ったよりも細いそれにほんの一瞬躊躇った。
「!!」
「――なぁ」
声をかけると、ゆっくりと振り返る。目が合うのは何日ぶりだろうとふとどうでもいいことを考えた。
「……何?」
「最近お前、変じゃないか? 上手く言えないけど」
俺を最近避けてるよな、なんて口が裂けても言えない。言葉を選びながら慎重にそう言うと、彼女は少し驚いたような顔をして、笑った。
「そう? 気のせいじゃない?」
「何か、悩み事でもあるんじゃないのか」
これが最大限の譲歩。これ以上は訊く勇気がない。
二人の間に流れる沈黙。聞こえるのは周囲の喧騒と、微かな彼女の息遣い。
やがて、彼女はゆるりと笑んだ。
「何もないよ、別に」
「――そうか」
何となく、かわされたと思った。けれどそれ以上問い詰めることはできなかった。
水波が軽く手を引く。元々そんなに強く握っているわけではなかったから、彼女の手は俺の手から簡単にするりと抜けた。その手の感触が、何となく名残惜しかった。