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□人魚の歌2
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 夏休みが明けてから数週間。この時期午後の授業は普段の勉強から二週間後に迫る文化祭の準備に変化する。俺のクラスは、飲み物と軽食を出す喫茶店のようなものに決まっていた。

 クラスメイト達が楽しそうに各々の作業を進めている。そんな中、俺はというと我関せずと窓の外を眺めているわけでも、暑苦しくやる気満々で参加しているわけでもなく。


「なー佐上、メニューこれでどうだ?」

「……許可できそうなのがおにぎりぐらいしかないんだが。つか何だよこのアジの開きって。明らかに無理だろ」

「え、アリだろ」

「ナシだよ。そんなん食堂行って食え」


 文化祭の実行委員というよくわからない立場に居た。メニュー案を自信満々に持ってきた、一応委員長である秋山を冷たい目で見る。奴はかなりショックを受けたような顔をしているが、そんな顔は俺の方がしたい。喫茶店なのに食堂のメニューを出すなんてどんな感性をしているのだろう。


「佐上君」


 痛む頭を押さえていると、控えめな声音で呼ばれた。振り返ると、小さめのメモ用紙を手に持った女子が立っている。彼女も委員の一人だ。


「頼まれてたメニュー、一応いくつか考えてみたんだけど」

「あぁ、有り難う西村。助かる」


 差し出されたメモを受け取り、そう言うと西村は柔らかく微笑んだ。メニューに目を通すと、まともなものばかりでほっとする。


「えっ、西村ちゃんもメニュー考えてたの?」

「お前だけじゃ心配だったからな。案の定変なのばっかだったし。それに、こういうのは女子の方がわかるだろ」


 頼んでおいて正解だった、と付け加えると秋山は確かにな、と苦笑気味に返してきた。

 もともと委員になる気なんてさらさらなかった俺が何故こんなことをしているのか。その原因は秋山にある。元々祭り騒ぎが好きなこの男が立候補した時に、ついでという形で巻き込まれたのだ。

 秋山のツッコミ役として担任にまで認識されているから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。実際に仕切っているのは秋山でなく俺だし。

 そして、この男に巻き込まれたのはもう一人いる。いつの間にか勝手に立ち直った秋山は教室のある一角に顔を向けた。
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