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□空に消える葬送歌
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空の中に、ひとつの影があった。重力を完全に無視してそこに在る人影。それはまるで地上で座っているかのような体勢をとり、頬杖をついていた。
「……また、仕事か」
少年のような高い声で影は呟く。片手には小さな黒いカード。何か文字が書かれているようだが、何と書いてあるかは読めない。
影は物臭そうに溜息をつくと、ゆっくりと立ち上がった。少しだけ伸びをして、一歩足を踏み出す。
その背中から生えた真っ白な翼が、音を立てずに大きく開いた。
「……人間、嫌いなんだよなぁ…………」
気怠そうな高い声は、青空に吸い込まれた。
影の名は、フィーア。一介の、『死神』である。
フィーアが舞い降りた場所は、とある病院の個室だった。ベッドの中では一人の少女が寝息を立てながら眠っている。まだ若い、幼さの残る顔立ちをフィーアは見つめた。この少女はもうすぐ死を迎える。それを見届けるために、フィーア――死神は来たのだ。
しばらく少女を見つめていると、ふと瞼が動き、彼女の目が開いた。色素の少し薄い瞳は一時ぼうっと宙を見た後、何かに気付いたのかゆっくりと視線を動かした。傍らに佇んでいたフィーアを見て小さく呟く。
「……天使?」
「違う。死神だ」
フィーアは反射的に否定する。そう言いながらも、フィーアは驚いていた。
「お前、人間なのに僕が見えるの?」
思わずそう問いかけ、直後しまったと思う。普通、人間は死神を見ることはできない。人と死神が交わることはほとんどないのだ。フィーアとしては極力人と関わるようなことはしたくなかった。
しかし、もう遅い。少女はフィーアに話しかけた。
「うん、見えるよ。ごめんなさい、羽根が白いから天使だと思っちゃった」
「……僕は死神だ。羽根は白くても天使なんかと一緒にしてほしくないね」
『天使』という言葉にフィーアは顔を歪める。背中にあるこの真っ白な翼のせいで同僚からもよく『天使』とからかわれるのだ。フィーアはこの白い翼が嫌いだった。
そんなフィーアに、少女はやわらかく微笑む。
「でも、すごく綺麗な羽根ね。こんなに真っ白なのはたぶん今まで一度も見たことないよ」
素敵だね、と優しい声で呟くように言う少女にフィーアは怯んだ。
だって、そんな事、今の今まで一度も言われたことなんかなかったものだから。
背中の辺りがむずむずする感覚を覚えて、フィーアはますます顔をしかめた。
「死神さんが来たってことは……私、もうすぐ死んでしまうの?」
彼女の言葉にフィーアは我に返る。少し色素の薄い瞳が、こちらを向いていた。見る者が吸い込まれそうな錯覚に陥るそれになんとなく違和感を覚えつつも、フィーアは肯定した。
「そうだよ。お前の命はもうすぐ消える。それを見届けるために、僕は来たんだ」
フィーアが告げた死の宣告に、少女は微笑んでそう、とだけ言った。怖がるどころか驚くそぶりさえ見せない少女にフィーアは思わず眉間に皺を寄せた。
「私はいつ死ぬの?」
「……四日後のこの時間。僕と出会って丸四日が経ったその時に」
「そう……思ったより、遅かったわね」
そんなことを、事も無げに言い放って。少女はふわりと微笑んだ。
「お前……人間のくせに、変な奴だ」
死神が見えることといい、死を恐れる素振りを全く見せないことといい。本当に変わった奴だとフィーアは嫌悪にも似た表情で彼女に言い放った。
そんなフィーアの態度に怒りや不快さを見せることもなく、死期の迫った少女はただ微笑んでいた。
優しい宣告
(死を待つばかりの私の所に来た、綺麗な翼を持った死神さん)
(あなたは私を楽しませてくれますか?)
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たぶん続く。
優しい話が書きたいです。
111009