short

□浅はかにも思うこと
1ページ/1ページ

 ぼんやりとした灯りと喧騒に向かって数日前に悩みに悩んで買った浴衣姿で走り気味に歩く。慣れない服装と履物で動きづらいが仕方ない。目的地の十数メートル前で一度足を止め、呼吸と身だしなみを軽く整える。鏡を取り出して化粧や髪形が崩れていないか確認して、それを巾着袋に戻す。

 荷物を持っていない方の手を胸にあて、一度深呼吸。けれどさっきから続く動悸は収まるどころかだんだん大きくなるばかりで。そんな自分に苦笑して、私は再び歩き出した。


 身体に響く太鼓の音や浮かれた雰囲気のざわめきを感じながら待ち合わせの場所へと急ぐ。駅前で毎年行われる夏祭り。去年までは友人や部活仲間と来ていたけれど、こうやって来るのは初めてで。……変な格好ではないかと何度も不安になってしまう。

 コンビニの前に立つよく知った人を見つけ、それに少し焦って近付くと、こちらに気付いた相手も動き出す。


「ごめん、遅れて。待ったでしょ?」

「大丈夫、時間には遅れてないから」


 穏やかに彼は言うが、まだ約束の時間まで五分以上余裕がある。彼はいつからここで待っていてくれたのだろう。そう思うとやっぱり申し訳なかった。

 眉を下げる私に彼は苦笑して、ふと目を和らげて全体を見るように視線を動かす。


「浴衣、なんだ」

「え、あ、うん」


 ぽつりと呟かれた言葉にぎこちなく頷く。本当は、彼の好みに合わせられたらと思ったのだけど、生憎とまだ好みなんて知らなくて。……というか、以前さりげなく訊いた時に特にないと言われてしまったからどうしようもなくて。似合わなくて変だと思われたらどうしよう、といたたまれない気持ちになって彼の視線から逃れるように下を向く。……なんだか今日の私はいつにも増してネガティブだ。

 少しの沈黙の後、彼は私の姿に触れることなくじゃあ行こうか、と言った。

 ……何も、言ってくれないんだ。ほっとしたような、物足りないような、残念なような。よくわからない気持ちのまま自分の爪先に視線を落したまま頷いた。こういう時って、お世辞でも何か言うんじゃないんだろうか。

 女子同士なら普通、可愛いとか気合い入ってるねとか言い合いながら屋台を冷やかしに歩き出すけれど、そう言うのを男子に、というかこういう相手に期待しても罰は当たらないと思う。……べつに言わないからって不機嫌になることもないのだけど。


 彼が歩き出すのに合わせて体の向きを変える。彼が私の横を大きく一歩踏み出したその時、片手に温もり。手を掬うように取られたことに驚く前に軽く握られて一瞬思考が固まった。

 信じられなくて思わず顔を上げると、ちょうど肩越しに振り返った彼と目が合って。若干パニックになって何も言えないでいる私の様子を見て、彼は私の好きな表情を見せた。


 顔を前に戻す時にその頬がほんのり赤く見えたのは、決して提燈の灯りだけのせいではないんだろう。そんなことを勝手に思いながら、私は手にほんの少し力を込めて握り返した。





はかにもうこと

(何も言わないのなら、好きなように解釈しよう)
(きっと、同じようなことを思ってくれてる筈だから)



----*-----*----

夏の間にどうしても書きたかった。
なんだろうめっちゃ初々しい。
どうしてこうなった。


110812

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ