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□彷徨う彼に道標
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「おかあさん、ピエロだよ!」


 人の溢れる都会の交差点の歩道で信号を待っていた少女は突然母親の手を引き、反対側の歩道を指さし声を弾ませて言った。

 彼女の目に映るのは、隅に立っている奇抜な姿。白く塗られた肌に原色の衣装、パーマをあてた赤い髪。片手で色とりどりのボールを操り、もう片方の手にはたくさんの風船が握られている。

 しかし、きらきらと目を輝かせる少女に彼女の母親は怪訝な顔を向けた。


「ピエロ? どこに?」

「あっちだよ。むこうのみち」


 もう一度母親は娘の指さす方向を見るが、やはり困り顔で首を振っただけだった。


「ピエロなんてどこにもいないわ」

「いるもん! ちゃんとみえるもん!」


 口を尖らせてそう主張をする少女に、母親は困惑した表情を見せた。少女が普段めったに人を困らせないことをよく知っていたのだ。彼女の様子は真剣で、嘘をつくなと怒鳴りつけることもできない。


「ごめんなさい、お母さんには見えないわ」

「えー」


 信号が変わり、周囲の歩行者が動き出す。少女はむくれたまま母親と繋いでいた手を離すと、ピエロに向かって駆け出した。


「あ、ちょっと!」


 母親の制止も聞かずに少女は人の間をすり抜け走る。近付いた少女に気づいたピエロは口元に笑みを浮かべて小首を傾げる。目を輝かせて見上げる少女の様子を見て弄っていたボールを服にしまうと、片手の風船の束から一つ引き抜き、少女へと差し出した。


「ありがとう!」


 少女は嬉しそうに風船を受け取ろうと手を伸ばす。――その時、少女の背後から手が伸ばされその小さな手を掴んで制した。


「だめだよ、お譲ちゃん」


 びくりと肩を震わせ恐る恐る少女が振り返ると、そこに立っていたのは知らない若い女性。まだ成人していないと思われるその容姿と彼女の言動はどこか食い違っていた。


「彼の風船を受け取っちゃいかん。どこかへ連れ去られて、そのまま帰ってこれなくなってしまうからね」

「どこかって、どこに?」

「お譲ちゃんの父さんも母さんも知らない所へさ。彷徨い続けて、いずれは彼と同じようになってしまう」


 少女はさっきとは別の意味で体を震わせた。泣きそうな顔でピエロから一歩離れる少女に彼女は苦笑して、しゃがんで少女と目線を合わせた。


「彼をそんなに怖がらないでやってくれ。彼はただ、寂しいだけなのさ」

「……さみしい?」

「そう。長い間ずっと一人で彷徨い続けているからね。お譲ちゃんに見つけてもらえて嬉しかったんだ。だから風船を渡そうとした」


 けれど、決して彼から風船を受け取ってはいけないよ、と彼女は言う。


「だから、気持ちだけ受け取ってやってくれ」

「……うん。わかった」


 少女がよくわからないまま頷くと、彼女は笑って頭を撫でる。丁度その時、少女を呼ぶ声が聞こえた。少し離れた所で少女の母親が辺りを探しているのが見える。


「ほら、母さんが探してる。お行き」

「でも、ピエロは?」

「大丈夫、私がちゃんと送ってあげるからね」

「……わかった」


そっと背中を押され、少女は歩き出す。しかしすぐに立ち止まり、振り返ってピエロに手を振った。


「ばいばい!」


 少女の姿が人混みに紛れる。その背を見送ってから彼女は立ち上がり、佇むピエロと向き合った。ピエロは一歩後ろに下がる。


「そんな悲しそうな顔をしなさんな。怖がらんでもいい。私はあんたを迎えに来たんだから」


 彼女の言葉にピエロは首を傾げる。彼女は笑ってピエロに手を差し出した。


「私は案内人だよ。あんたみたいな彷徨うモノを、在るべき場所に連れて行く。おいで、仲間の所へ案内しよう」


 あんたはもう一人じゃない、そう彼女が告げるとピエロはゆっくりと手を差し出し彼女の手に重ねた。

 彼女は、満足そうに目を細めて笑った。




 誰かが目を閉じた、ほんの一瞬。ピエロと彼女の姿は煙のようにすうっと消えてしまった。



彷徨う彼に

(渡し損ねた風船ひとつ)(風に乗って飛んでった)



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三々企画より、遅くなりましたが旅風様リクでしたー
ピエロでちょっと歪んだやつ、ということで。ちょっと長くなった……
こんな感じになりましたが如何でしょう?

書き直し覚悟です。
リク有り難うございました!!


110625

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