short

□もしも覚悟を決めたなら
1ページ/1ページ

 あちらこちらで声が上がる。喜びと悲しみが混ざった祝いの声。


 卒業式後にある門出。校舎から校門までの道を吹奏楽部の演奏を聞きながら歩く、ただそれだけの事なのに、その時だけは違った雰囲気になる。

 いつも歩いている道とは全く違う、別の場所のような。


 道の端では在校生が部活で固まって待ち構えている。

 卒業生と撮ろうとカメラを構える者、祝いの花束やプレゼントを渡そうと腕に抱えている者、胴上げしてやろうと待ち構えている者。それぞれが一年間深く関わった卒業生を見送るためにここに集まってる。

 私も例外ではなく、同じ部活の人達と一緒に先輩を待っていた。勿論制服のポケットにはカメラを入れている。


 だが、目当ての先輩のクラスが出て来る様子はない。他クラスの人達が目の前を通り過ぎていく。

 中々来ないので、近くにある何かの像の台に寄りかかった。確か、十数年ぐらい前の卒業生の作品だったか。


 ふと視線をずらすと、すぐ傍にいる部活仲間が目に入る。彼も彼で退屈そうにぼうっと空を見上げていた。

 こちらの視線に気付いていない様子なのをいいことに彼をじっと見つめる。その姿を、その横顔を。

 気付かれたらどう言い訳しようか心で焦りながらも、それでも目が合えばいいななんて矛盾した思いを抱えながら彼を見ていた。


 まだ出会ってから一年も経っていない。お互いを深く知るほど話してもいない。言うなら、知り合い以上、友達未満、みたいな関係だろう。

 それでも、心の何処かに彼に惹かれている私がいる。その時私は、その事に薄々気付いていた。


 どのくらいそうしていただろう。相変わらず彼は宙を眺めていて、私は彼を視界の中にとらえていて。

 吹奏楽部は私のよく知っているポップスを演奏していた。数年前に有名になったバラード。


 その伴奏に、別の音が重なった。メロディに添うように低く小さく歌う声。聞き覚えのあるその声色に私は再び目を移す。

 斜め後ろから見た彼の顔。その唇が、旋律に合わせて微かに動いていた。


 私は一度目を閉じ、その歌声を聞いた。周囲の喧騒が少しだけ気にならなくなる。

 独特な彼の声は鼓膜を震わせ胸に響いて、私の中にゆっくりと染み込んでいく。

 彼の声は魔法みたいだ、といつも思う。普通に話しているだけで、その声を聞くだけで、心が和らぐような気がするから。


 メロディがサビに入った所で私は目を開けた。彼の声に重なるように私も小声で歌い始める。

 誰にも気付かれないように、彼よりも小さな声で。


 この時間が、その時無性に愛しく感じた。



もしも覚悟めたなら

(数年後の今日、私は君にこの思いを伝えよう)
(たとえ報われなくても、きっと涙は紛れるから)



---*-----*---


去年の日記より。

110302

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ