Gray-Wind
□第一話【風を纏う者】
30ページ/39ページ
ゼンは手を刀から離し、呆れたように言う。
「どこほっつき歩いてたんだ。心配したぞ」
「ごめん、ちょっと手間取っちゃって」
思ったよりも手強かったらしい。途中で逃げて来たと言う彼女に魔物の能力を訊くと、どうやら姿を変えることができるらしかった。
「もしかしたらアルデさん達に化けて出るかもしれない」
「その時は確認して斬ればいいだけだ」
「――うん、そうだね……ところで"カギ"は?」
「お前が来てから見せてもらおうと思ってたんだ。とりあえず、中に入るぞ」
「わかった」
ゼンがカナリに洞窟の中へ入るよう促した、その時。一陣の強い風が吹き、ゼンは思わず目を閉じる。次に目を開けた時、目の前にいたのは。
砂埃で汚れた灰色のコート。揺れる黒髪。
「――!?」
もう一人のカナリが、そこに立っていた。しかし、今自分の隣にいるカナリとは違い、彼女の瞳は暗めの深緑色のような色だ。
ゼンはさりげなく鞘に手をかけ抜刀の準備をする。対するカナリは状況に警戒しつつもどこかほっとしたような顔をして口を開いた。
「よかった、ゼン。皆無事なんだね。――でも、その隣の私は」
「早かったな、もう少しかかると思ってたんだが」
「――ゼン?」
ゆっくりと刀を抜いたゼンに、カナリの表情が険しいものになった。
「覚悟しろ偽者。たたっ斬ってやる」
「ちょっ、ちが……!」
一瞬でその距離を詰める。上から斜めに斬りかかったが、それは紙一重のところでかわされた。構わずもう一度斬りかかるが、次は抜かれた刀によって防がれる。キィン、と高い音が響き鍔迫り合いになった。
「っゼン、聞いて。魔物はそっちの私なんだ!」
「そんなの信じられるかよ。魔物の狂言にいちいちかまってられるか。――紅蓮」
「――っ!」
ゼンの呼び掛けに刀が応え、刀身が紅く光る。熱を感じたカナリは鍔迫り合いの状態から何とか押し退け、ゼンと距離を取った。
「なっ」
「焼き尽くせ――烈火」
刃が空を斬る。その軌跡から炎が生まれ、カナリに襲いかかった。