Gray-Wind

□第一話【風を纏う者】
28ページ/39ページ

「ゼ、ン……!?」


 赤のラインが入った自分と同じようなデザインのコート、さらりと揺れる赤がかった茶髪。ゼンとおぼしき人物がカナリの一撃を受け止めていた。しかし、受け止めているのは刀ではなく片腕。異常に鋭く尖った長い爪が鈍く光る。

 彼は、ニイッと笑うとカナリを弾き飛ばした。カナリは後ずさるもその表情は驚いたまま。


「──っ何」

「驚いたァ? これがアタシの力、相手が大切に思う人の姿を見せるの。手が出せないわよねェ、だって大切な人なんだから!!」

「──うるさい!!」


 吠えるように返し、カナリは再び地を蹴ってゼンの姿をした魔物へと突っ込む。数度打ち合い、鍔迫り合いのような形になった。魔物がぐっと顔を近付け、ゼンの声音でカナリに話しかける。


「──悪かった、お前に気づけなくて。約束を果たしに来てくれたんだろ?」


『  』


 付け足すように紡がれた名前にカナリは息を止めて肩を震わせた。──直後、強い力で凪ぎ払われ近くの建物まで飛ばされる。強い衝撃に耐えられなかった壁が崩れ、倒れた彼女の上に落ちた。その様子を見て、魔物は高らかに笑う。


「アンタはまだ生かしといてあげる。一番最後にじっくり味わうわァ」


 ぴくりとも動かない瓦礫の山に向かってそう言うと、魔物は黒い霧を身に纏った。


「西の方から人間の臭いがするわねェ、楽しみだわ」


 霧の中から出て来たのは、緑のラインが入ったコート。高い位置で結われた黒髪が揺れる。カナリの姿をした魔物は、楽しそうにその場から去った。






 しばらくして、瓦礫の山が崩れ中から一つの影が立ち上がる。ゆらり、と一度ふらつくも体勢を立て直しすぐに西へと走り出した。


「──ゼン」


 その黒曜石の瞳に差す緑色が濃く美しく変化していることを、彼女が知ることはない。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ