Gray-Wind

□第一話【風を纏う者】
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   ――悲劇は 不意にやってきた………

 山奥のある場所で、その少女は泣いていた。

 周りの木々の枝は折れ、吐きたくなるような悪臭が立ち込めている。そして、原型を留めていない生物の肉片と共に大量の血が飛び散っていた。

 その、紅に彩られた舞台の中央で、一人の少女が座り込んでいた。

 少女の手は血で赤く染まり、震えながらも一人の男の亡骸を抱いていた。男の胸には刺し貫かれた痕があり、少女の傍らには血で濡れた刀があった……

 少女は悲しみと何かに対する恐怖で混乱している頭で、師であり育ての親でもあるジンの言葉を思い出そうとしていた。


 ――『逃げろ。今のおまえの力では奴の前では無力だ。おまえをあいつに渡す訳にはいかない』


 何度も聴いていた、深くよく響く声が記憶の底から蘇る。


 ――あの時私が頷いていれば、ジンは死なずに済んだのだろうか……


 そう思わずにはいられなくなる。温かさを失った身体を感じる度に、その亡骸を見る度に、胸が締め付けられるように苦しくなる。


 ――……でも、私は嫌だと言った


   『自分だけ逃げるのは嫌だ。私も戦う。心配なんて、要らない』


 ……そして思い出す、ジンの最後の言葉。……辛そうな、苦しそうな微笑…………


 ――『そうか……ならば戦え。そして、おまえにとって一番大切なモノを守れ。ここを離れ、ゼンのもとへ。おれが奴を喰い止めている、その間に――』


 …………少女は目を開けた。


 ――その先は…………


 思い出そうとしても、何故か思い出せない。思い出そうとしただけで涙が出てくる。

 ……だが、今は泣いている場合ではない。


 少女は体温を失った師を一度強く抱き締め、そっと地に横たえると立ち上がった。



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