孤月と猫
□ごめんなさいとありがとうを
2ページ/3ページ
どれくらいそうしていただろう。
ぽつり、と頭に何かが落ちてきて、鈴猫は顔を上げた。灰色の空からうっすらと線が見える彼女の頬に数滴続けて雫が落ちる。
「つめた…」
そういえば、じめじめして雨が降りそうだったな、と思った。最初は小雨だったがだんだんと強くなっていく。服が濡れ、その冷たさに一度小さく身を震わせた。
だが、それほど強くは降っていないので我慢はできる。烏がいるであろう宿に帰れば暖かいだろうなとも思ったが、今はそうする気にもなれなかった。野宿にももう慣れている。
――烏、心配してるかな。
ふと、ぼんやりと思う。心が落ち着いたら何事もなかったように戻るつもりでいたが、このまま帰ってもまた厄介なことになるだろう。
今夜はここにいよう。そう決め、再び膝に顔を埋めて体が少しずつ冷えていくのを感じながら雨の音を聞いていた。
サァサァと途切れることのない雨音。通りでは人が水溜まりを蹴飛ばして家路を急いでいる。それらの音が、鈴猫を眠りへと誘う。体はもう冷えてしまったが、気にならなかった。
まどろみの中、一つの足音が近付いて来るのを聞く。夢か、現か、判別が出来ない。近付いてきた足音は鈴猫の前で止まった。不意に雨が止み、あぁ、現実なのだとぼんやりと思いながらゆっくりと顔を上げた。
包帯を皮膚が見える隙間もなく巻いた足。見慣れた黒い衣服……
「……何を、してるんだ」
あえて相手の顔が見えるまでは顔を上げなかった。鈴猫は視線を爪先に向け、へら、と笑う。
「……何、やってんだろうねぇ………? 自分でもわかんないや」
雨で冷やされた空気が二人の間を通り抜ける。その冷たさに彼女は思わず体を震わせた。早く暖まらなきゃ風邪をひいてしまうな、と他人事のように考える。
そんなどこか能天気な彼女の態度をどう思ったのか、烏は一度溜め息をつくと一歩近付いた。