孤月と猫

□娘ノ記憶
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「…つっかれたぁ……」



 宿に戻った鈴猫は弾みをつけてベッドに座る。その様子を見ながら烏もゆっくりと向かいに腰を下ろした。


 何をするわけでもなく、ただじっと目の前の少女を見つめる。



「……? どしたの、烏」


「…………」



 鈴猫がそれに気付いて問うが、答えない。いつものように笑顔を向けると、彼はふいと視線を剃らした。微妙に顔もそれについていく。



「どしたの? アタシ、何か悪いコトした??」



 立ち上がり、烏に近付く。


 そして、ごく自然に彼に右手を伸ばした………



  ――パンッ



 乾いた音。自分の顔の右横に返された己の手。


 払われた、手。



「………え?」


「……っ悪、い」



 やっと彼が口を開く。だが、それは謝罪の言葉で。


 一瞬、何のことかわからなくなる。


 手を拒んだことについてだと気付いて首を振った。



「え、いや、それは別に構わないんだけど、でもどうし……」



 言いかけたその時、今更のように鈴猫は烏の様子に気付く。


 払った時のまま止まった指先が微かに震えていた。彼女を映す黒い瞳もどこか頼りなく揺れている。



  ――怯えてる………?



 それは、弱者が強者を怯え見上げるその姿のようだった。



「……どうしたの、具合悪い? 発作?」



 鈴猫は膝立ちになり、烏の目を見上げながら宙を彷徨う手を両手で包み込む。先ほどまでの笑顔は消し、心配そうに彼を見上げた。



「………烏」
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