孤月と猫
□娘ノ記憶
1ページ/6ページ
「…つっかれたぁ……」
宿に戻った鈴猫は弾みをつけてベッドに座る。その様子を見ながら烏もゆっくりと向かいに腰を下ろした。
何をするわけでもなく、ただじっと目の前の少女を見つめる。
「……? どしたの、烏」
「…………」
鈴猫がそれに気付いて問うが、答えない。いつものように笑顔を向けると、彼はふいと視線を剃らした。微妙に顔もそれについていく。
「どしたの? アタシ、何か悪いコトした??」
立ち上がり、烏に近付く。
そして、ごく自然に彼に右手を伸ばした………
――パンッ
乾いた音。自分の顔の右横に返された己の手。
払われた、手。
「………え?」
「……っ悪、い」
やっと彼が口を開く。だが、それは謝罪の言葉で。
一瞬、何のことかわからなくなる。
手を拒んだことについてだと気付いて首を振った。
「え、いや、それは別に構わないんだけど、でもどうし……」
言いかけたその時、今更のように鈴猫は烏の様子に気付く。
払った時のまま止まった指先が微かに震えていた。彼女を映す黒い瞳もどこか頼りなく揺れている。
――怯えてる………?
それは、弱者が強者を怯え見上げるその姿のようだった。
「……どうしたの、具合悪い? 発作?」
鈴猫は膝立ちになり、烏の目を見上げながら宙を彷徨う手を両手で包み込む。先ほどまでの笑顔は消し、心配そうに彼を見上げた。
「………烏」