孤月と猫
□傷ト熱ト(仮)
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「ああ」
応えるが早いか烏はだん、と大きく踏み込み加速する。番傘を構えながら獣の横に素早く回り込むと、その胴を思い切り打った。突然の衝撃に対応できなかった獣は鳴き声を上げて吹き飛ぶ。
そうやって烏が獣の注意を引きつけている隙に、鈴猫は藍色の方へと駆けた。先ほど獣が対峙していた木の根元、そこには藍色の服を身につけた青年が真っ青な顔をさせて座り込んでいる。
「アンタ大丈夫? 怪我はない?」
「あ、はい……」
顔色は悪かったが、問いかけに応えた青年の声は意外にもしっかりしていた。鈴猫は彼の身体に目を走らせて傷がないか確認する。擦り傷が目立つが特に大きな傷はないようで、とりあえずは大丈夫だろうと判断した。
彼の傍らには竹籠と山菜が散乱しているのを見る限り、大方山菜採りの途中でうっかり獣の縄張りに入ってしまったのだろうと推測できる。
「特に怪我してないみたいだね、良かったァ……」
「……!」
青年の無事に安堵して、ついでに彼を落ち着かせるために鈴猫はふわりと笑む。彼女の表情に、青年は一瞬息を止め少しだけ目を開いて驚いたような顔をした。青白かった頬にさっと朱がさす。
その様子に鈴猫は気付くことなく、振り返って烏の方を見る。依然として獣と彼との激しい攻防は続いていた。鈴猫たちと少し離れた場所で、烏は獣と対峙している。
獣はその大きな口から涎を垂らしながら獲物を射殺すような目つきで烏を見ていた。ぐるぐると低い唸り声を上げながら、間合いを取るように慎重に動いている。
烏も獣から目を離さずにそれに合わせて番傘を構えながら静かに動いていた。
我慢比べのような時間を破ったのは、獣の方だった。我を忘れたように奇声をあげ、辺りに涎を撒き散らしながら地を蹴って烏へと飛び掛かる。