孤月と猫

□醜イ素顔
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「……去ろうと思っていた」

「……へっ!?」


 思ってもいなかった台詞に鈴猫は間の抜けた声を出した。男はばつの悪そうな顔をしてぶつぶつと続ける。


「傷も殆ど治った。だからそろそろ旅を再開しようと思ったんだ。……出来れば何も言わずに行こうとしたんだが………」


 森を抜けようとした時、何と無く気配が怪しかった。探ると鈴猫が襲われていたのだ。


「……恩人を見捨てる訳にはいかない」

「その件はどうも」


 少し不機嫌そうなその口調に鈴猫は苦笑した。


「……でもさ、それはちょっとないんじゃない? アタシに何も言わないなんてさ」

「……すまない」

「ううん、いいよ。……で、やっぱり行っちゃうんだ?」


 鈴猫の問いに男は小さく頷いた。


「……そっかぁ。……そだね。そんなに走ったり戦ったり出来るなら、心配は要らないね」


 ――本当はもっと知りたかったけど……引き止めるワケにはいかないよね。


「近くに来たらまた来なよ。美味しいご飯をご馳走したげるからさ」


 そう言い、鈴猫はにっこりと笑った。別れは寂しいが、彼は旅人なのだ。


「……有難う」


 ……その時の男の顔は、今まで見た顔で一番柔らかかった。微かに、ぎこちなく笑ったのだ。


 ――笑った……!!


 自分に笑顔を向けられた事が心底嬉しくて、鈴猫は思わず笑顔を深めた。


「行ってらっしゃい、傘持ちさん。アンタの旅路に幸あらんことを!!」

「あぁ……」


 男は自分の表情が緩んでいることに気づいていなかった。何故か心がとても暖かい。こんな気持ちはいつぶりだろうか。久々に、心が安らいだ……そう思っていた、束の間。
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