孤月と猫

□獣ト妖
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 痛みはすぐに治まった。男は荒く息をしながらぐっと胸元を掴んだ。


「はぁっ、はあっ、はあっ……」


 ゆっくりと立ち上がり、ふらふらと水瓶へと近付く。水面に映るのは、包帯で隠された男の顔。包帯を巻いているせいでふと見ただけでは表情がわからない。

 ……けれど、その顔は。とても醜く歪んでいた。

 ……けれど、その瞳は。何かに怯えるように、何かを恐れるかのように。どうしようもなく揺れていた。


 ――見るな。そんな目で、そんな瞳で、おれを見るな……


「……くそっ……」


 水面が揺れる。それはまるで、彼の心の内を表すかのように……








 一羽の鳥が、大空と風に身を委ね、とても気持ち良さそうに飛んでいた。近づいている死に気付くこともなく、とても優雅に。

 そんな鳥に狙いを定め、鈴猫はきりきりと弓を引く。限界まで引き絞り、ゆっくり整えていた呼吸をピタリと止める。数秒間の沈黙。……直後。

 空気を細く裂くような音と共に矢が放たれた。矢は鳥の胸を貫き一瞬にしてその儚い命を奪う。


「……よしっ」


 口元に笑みを浮かべ、彼女は木の上から飛び降りた。父譲りの弓の腕。百発百中とまではいかないが、それでも外すのは十回に二、三度の程度だ。


「――とりあえず、今日の晩ご飯は捕れた。あとは……大モノだね」


 息絶えた鳥の脚を掴み、大きな木の枝に軽々と登った。そのまま軽やかな動きで枝をつたい木の頂上まで登る。


「熊いないかな……」


 山育ちのせいか並の人よりも良い彼女の目は簡単に獲物を見つけた。山の奥に入ろうとしている小熊に目が止まり、鈴猫は新たに矢をつがえた。


「いたいた……さぁ、逃がさないよ……」


 再度引き絞られた弦が、キリキリと音をたてた。


「もうちょい……よし――」


 放たれた矢は風を斬り小熊の尻に突き刺さる。突然の攻撃に熊は驚き、奥へと走り出した。


「……っあ、待って!!」


 慌てて鈴猫は鳥をそこに置き、近くの木の枝に跳び移った……


「絶対、逃がさないんだから!!!」
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