孤月と猫

□猫ト赤傘
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 男が目を覚ましたのは明け方前だった。辺りはまだ暗く、暗闇に目が慣れるにつれてゆっくりと周りの物が見えてくる。

 ある程度の広さと清潔感のある簡素な小屋。寝かされていた布団のそばに自分の傘と荷物が置かれている。一瞬、自分がどうしてこんな場所にいるのかわからなくなる。


 ――ここは……そうか、おれは……


 起き上がろうとするが、足に鈍痛がはしり動けない。仕方なく首だけを動かすと、家の主がいなかった。


 ――確か……鈴猫とかいったか、あの女。……それにしても、変な奴だ。


 普通なら、この格好を見ただけで誰も近づかない。なのに、彼女は怖がるどころかごく自然に近寄ってきた。あげく有無を言わさず手当てをさせられ、そのままここに一晩泊まってしまった。

 無関心ならまだしも、こんなふうに慣れ慣れしく接されるとどう対処すればいいのかわからなくなる。


「……なんなんだ……? あいつは」


 こんな奴、初めてだ。

 そんなことをぼんやりと考えていると、突然どこからか小さな鈴の音がした。薄暗い小屋の中に朝の空気が入り込む。男は自分の傘を引き寄せ、手だけ身構えた。


「――っと。ただいまぁ……」


 聞き覚えのある小さな声と共に戸が開く。薄暗い中に浮かぶ、小柄な影。目を開けている男に気付いた鈴猫は微笑んだ。警戒されていることは全く気にしていないようだった。


「……あ、起きてた? 待ってて、今火つけるから」


 そう言いながら行灯に火をつけた。紙越しの柔らかい光が辺りを照らす。


「ごめんねぇ、薬草とか木の実とか探してたら朝方になっちゃって。すぐご飯作るから」

「……一晩中?」


 彼女の口ぶりだと、朝まで寝ずに山の中に居たらしい。


「え? あ、うん。起きてたよ。こーゆーのは夜採っとかないと。昼間は村に卸しに行くから中々行けないの」

「……何か……しているのか?」


 鈴猫の言葉に男は首を傾げる。


「? アレ、言ってなかった? アタシはここで万屋みたいなことをやってんの。お使いとか、そーゆーのしかできないけど」


 昨夜のように手早く料理を作りながら鈴猫は言う。


「アタシはこの村のこと一番よく知ってるの。小さい頃親を亡くしてからは皆に面倒見て貰ってたからさ。父さんは弓使い、母さんは薬師だったかなァ。……それで色々できるから、万屋でもやろうかなって」


 明るくそう言い、彼女は笑った。
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