孤月と猫
□獣ト妖
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防具を身に付け、肩で金具を留める。矢が数本入った籠を背負い、大きな弓を右手に持つ。準備を終えた彼女は戸口で振り返った。
「じゃ、行ってきます。留守番よろしくね、傘持ちさん」
相手が渋々顎を引いたのを見た鈴猫はニッと笑い、家を出た。
「よしっ、いっぱい狩るぞー!!」
明るい声と鈴の音が、辺りに響いた。
鈴猫の気配が完全に遠ざかってから、男は息をついた。
「……何でこんなことに……」
いつもなら今頃もう旅を再開している筈だった。怪我も少し休めば大体良くなる。他人に流されず、迷惑をかけぬよう過ごしてきたのに……彼女のペースに乗せられてしまったか……それとも。
――他人の優しさに触れてしまったか……
他人の優しさに触れたのは久々だ。人は皆、この姿を忌み嫌う。化け物と呼び、近付こうとしない。
……しかし彼女は、彼女だけは違ったのだ。手を拒んでも掴まれ、何度冷たく接してもそれが通じない。此方が戸惑う程の笑顔を、泣きたくなるぐらいの眩しい笑顔を向けて。
……すごく、羨ましいと思った。その笑顔を信じたい、とも。……それがたとえ、偽りの優しさでも。表面だけの笑顔だったとしても。
――おれは…………
「……!?」
どくり、と。突然、心音が耳元で大きく響いた。その直後視界が歪み、思わず片手を床に付け身体を支える。顔が。顔の右半分が、焼け付くように熱い。
「っあ……くそっ……!!」
右手で顔を覆うが、耐えられずに倒れてしまう。あまりの痛さに体を丸めた。今まで何度も感じてきたが、この痛みは慣れることはできないものだった。
――嫌だ……いやだ、こんな……こんな姿は……
叫ぶことも泣くことも許さずに、男はただ小さなうめき声をあげ続ける。