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□人魚の歌4
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 それでも。今この時だけでも、何も知らなくても、私のことを考えて、案じてくれていることが嬉しかった。……その優しさに、甘えてしまいたかった。

 ……そろそろ手を振り払わなければ、と思う。これ以上この状態が続いたら、きっと私はおかしくなってしまう。

 ゆるりと笑って見せる。今度は上手く笑えただろうか。


「何も、ないよ」

「……そうか」


 ようやく視線から解放される。手を引くと、拘束はあっけなく解かれた。


「有り難う、心配してくれて」

「あぁ……」


 最後の言葉だけは嘘偽りは一切無く、心からのものだった。彼の言葉を耳にしながら今度こそ自分の席に戻る。近くのクラスメイトの話に溶け込みながら、私はそっと先程掴まれた手首を撫でた。彼の体温が、しばらくそこから離れなかった。






「やっぱり人魚だから、叶わないのかな」


 ふと、そんなことを口に出す。人魚姫の童話のように、叶うならば泡になって消えてしまいたい。私の想いが、空中にでも霧散して消えてしまえばいい。

 ……あの日ほんの気紛れで自分を「人魚」だと名乗ってしまった時から、この恋は報われないことが決まっていたのではないか、そんな酷くくだらないことを考えた。

 童話の彼女は地上に出るために脚を望み、その代償として声を失った。私は彼の隣を望み、結果恋心を失った。そんなところだろう。

 ……この想いを、消してしまおう。ごく自然にそんなことを思った。すぐに消せるわけないのは解ってる。けれど、少しずつでいいから。そういう思い無しで、彼とまた、話せるように。

 ふと口をついて出る、音。私は小さく旋律を紡ぎ出す。歌うのは、そう、あの日の曲。

 叶わぬ恋に身を焦がした、哀れな人魚の幸せな歌。




あなたがくれた優しさなら偽善でもよかった

(報われなかったけれど、それでも幸せだったから)
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