short
□人魚の歌3
5ページ/5ページ
「――佐上君?」
他人の声で我に返る。気が付くといつの間にか帰りのホームルームは終わっていたようで、西日が教室内に差し込んでいた。教室には俺と、声の主以外誰もいない。振り返ると、教室の入口に西村が立っていた。
「……西村。ごめん、今何時?」
「五時半ぐらいかな。もしかして、ホームルーム終わった後からずっとそのままだった?」
「え、何で?」
「わたしが出る時も同じような体勢だったなぁと思って」
ちょっとびっくりしちゃった、と西村は笑う。俺は思わず頭を掻いた。
「何か、考え事?」
「んー、いや。あんまりどうでもいいこと」
気にしなくていい、と手を振り立ちあがる。外に出ようと鞄を持って、まだ教室に残っている西村に声をかける。
「鍵閉め俺がやるから、先に帰って大丈夫だよ」
「あ、っと、うん……」
少しどもった西村は何故か焦ったように教室の外を見た。
「誰か待ってんの?」
「えっ、ううん、そうじゃなくて……」
俺に何か言いたいことがあるらしい。何となく悟った俺は黙って彼女が言い出すのを待った。
彼女の目が忙しなく動き、浅く息を繰り返す。
「あ、のね、佐上君……」
いきなりで申し訳ないんだけど、と彼女は頬を赤らめる。
「…………好き、です」
「――え?」
耳を、疑った。聞き間違いじゃないのかとすぐに思う。
「いま、なんて」
「だから、わたしは、佐上君が好き」
今度は幻聴なんかじゃなかった。彼女にしては珍しく大きめの声。目尻にうっすらと涙を滲ませながらも強い視線で俺の目を射抜くように見つめる。
「前からずっと好きだった。いつか絶対言おうって思ってた。だから、頑張ろうって思って委員になったんだけど……タイミングが掴めなくて」
こんな微妙な時期にごめん、と眉を下げる。
突然のことに茫然としていた俺は、一方で別のことを考えていた。西村の言動、秋山の意味深な発言、そして水波の行動。それらが頭の中で回り、そして俺はおぼろげに理解する。たぶん、こういうことだったんだ、と。
西村はまだ俺を見ている。……返事を、待っているのだ。
俺は一度目を伏せ、言うべき言葉を考えて目を開けた。ゆっくりと口を開く。その声は、心の中とは裏腹に酷く落ち着いていた。
口を開いても声は出ずに心ばかりが痛んで
(それに甘えて気付かない振りをしていた代償が、きっとこれなんだろう)