読み物


□僕と彼女の月曜日
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場面を、さかのぼろう。

僕らの関係を思い出すのにあたって、この店はやはり差し置いてはおけない。

あるときに偶然見つけて立ち寄ったこの店は、目立たない路地裏にありながらも、常に一定数の客の出入りがあり、それが絶えないという隠れた名店だった。

店で出されるコーヒーの色ほどに深みがある、丹念に磨きこまれたアンティークの家具。
同じくらい年季の入った、愛らしい揃いのカップとソーサーはジノリで統一されている。店主の趣味だ。
店内に落ち着いたあたたかな灯りをともすのは、アールデコを体現する蛍袋のランプシェイド。
しゅんしゅんと鼻を鳴らす薬缶も、コーヒーミルが豆を挽き割る音も全てが控えめだが贅沢なものだ。
そしてもちろんあたりに漂うコーヒーの香りは、絶品だ。

常連客はゆったりと各々の時間を愉しみ、老いたマスターは決してでしゃばらずに心尽くしのもてなしをする。
そんな雰囲気が心地よく、僕らは一度目の偶然な訪問で、すっかり店を気に入ってしまった。
それから雨が降る日の午後は、二人でいそいそと店に出かけた。
「逢引に、ぴったり」と囁く彼女の言葉が、店の全てを表現していると言ってもいい。
デートではなく、逢引。そこに彼女の性格が伺える。
ロマンティックじゃないか。軽薄さは薄れ、秘めたる思いが燃えるようで。ああ。
彼女ならきっと、カフェではなく喫茶、ベーコンではなく燻製肉、を、きっと選び取るだろう。

「まるで森茉莉の再来だね、君」
僕が言うと、君は猫のように目を細めた。
「あら、そうかしら」
そうして笑った。

手作りのケーキとこだわりのコーヒーをお供に、とりとめなく話の花を咲かせるのが、休日の僕らのもっぱらの習慣だ。
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