RKRN小説(暴君受け)

□不器用者の謝罪と感謝
1ページ/4ページ


 ある晴れた日の事。
 今日も今日とて会計委員会の仕事に取り組んでいた文次郎の元に、それは突然現れた。

「ワンッ!」

 極めて特徴的な鳴き声を上げて、換気の為にと開け放しておいた障子の隙間からスルリと飛び込んでくる、茶色い毛並みの四足動物。
 会計委員会の活動場所に、一匹の柴犬が侵入したのだ。
「うわ!?」
「何だこいつ!?」
 突然の珍客に、団蔵・左吉の一年生コンビを筆頭に会計委員達の筆がピタリと止まる。
 犬の方もこちらに興味があるのか、もふもふとした尻尾を振りながら鼻面を鳴らして擦り寄ってくる姿は非情に可愛らしい。
「迷い犬か…?」
 見慣れない犬であったから、文次郎は最初どこか近隣の村あたりから迷い込んだのかと思いかけた。
 しかしよく考えてみれば、この忍術学園に“迷い込む”というのは、実はそう簡単なことではない。
 忍術学園の門には入出時に署名をしない者をどこまでも追い掛け回す、ある意味では優秀な事務員・小松田がいるのだ。
 その小松田が犬とはいえ―――いや、犬であるからこそ、そう易々と迷い込もうとする野生動物の侵入を許すとも思えない。
 それに良く見るとその犬は前足に包帯を巻いていた。
 何らかの怪我を手当てした跡が残されているということは、この学園の誰かが連れ込んだのだろうか。
 一番その可能性が大きいのは生物委員会であるが、あそこにいるのは何故か毒を持った生物か昆虫ばかりで、こういった一般的な四足の動物は中々見かけない。
 そういえば団蔵のクラスメイトには個人的にナメクジを大量に飼育している奴がいると聞いたことがあったが、犬を飼っている奴の話は聞いたことがなかった。
 そして仮にこの犬がこの学園の関係者のペットであったとして、何故こんなところにいるのか。
 文次郎が思考のドツボに嵌りかけていると、廊下をドタドタと踏み鳴らす音が聞こえてきた。
「…この足音は…」
 行く行くは忍者を志す身として、ある程度の歳になれば皆足音に気を払うこの学園で、そんな細かいことは気にしない人物といえば、それは。
「おーい、文次郎ー! いるかー!?」
 元々犬が入り込む程には開いていた障子戸を、ズバン、と何の躊躇いもなしに全開にして顔を覗かせたのは、暴君こと七松小平太だった。
「何の用だ、小平太」
 文次郎は筆を置き、帳簿を閉じながら応じた。
 唯でさえ謎の犬が侵入してきているというのに、そこへ騒がしさでは犬をも上回る小平太まで訪ねて来ては、算盤を弾いている暇なんてないだろう。
 小平太が自分に用件だなんて、どうせ鍛錬の誘いか体育委員の予算の催促だろうと思っていると、思いがけず、小平太はこんな事を言った。
「用具委員会の予算を上げてやってくれ!」
「………、は?」
 一瞬、何と言われたのか分からなかった。
 何故、小平太が用具委員会の予算を強請るんだろうか。
「…用具委員会の予算をか?」
 文次郎は思わず聞き返した。
 体育委員は―――というか、小平太はいつも様々な物を壊しては用具委員会に直して貰っているから、その恩返しか何かの心算なんだろうか。
 と、そんな事を考えながら問うと、小平太は大きく頷いて首肯した。
「うん、そんで犬小屋を作って貰うんだ!」
「犬小屋ぁ?」
 犬、という言葉に、自然と文次郎の視線が先程侵入してきた珍客の方へと流れる。
 すると小平太がそれに気付いてその視線を追いかけ、そしてその辿り着いた先で
「おお! なぁんだ此処にいたのか、平次屋叉四郎金号!」
 何だか訳の分からない単語を発した。
「はあぁ?」
「何ですか、それ…」
 文次郎が眉間に盛大に皺を寄せている後ろで、三木ヱ門も聞き慣れない言葉に首を傾げている。
 だが小平太は何が分からないのかが分からない、とでも言うような様子で笑みを浮かべた。
「何って、こいつの名前だよ。 『たいらのつぎやしゃしろうきんごう』っていってな、さっき私がつけたんだ! 格好良いだろう?」
 こいつ、と言いながら小平太が指を指しているのは、間違いなく先程侵入してきた犬だ。
 小平太曰く『平次屋叉四郎金号』なる犬は、名前を呼ばれたことに気付きでもしたのか嬉しそうに尻尾を振りながら小平太に駆け寄り、足元をうろつくようにしてじゃれている。
「ちょっと待て小平太。 ちゃんと順を追って状況を説明してくれないか?」
 文次郎の言葉に、しゃがんで『平次屋叉四郎金号』を撫でていた小平太が顔を上げた。
「んー…えー…つまりだな―――」
 ―――つまり、状況を整理するとこうだ。
 例によって裏山を駆けていた小平太率いる体育委員会は、その途中で怪我をした野良犬に出会い、これを介抱し、ついでに怪我が治るまで面倒を見ようと学園に連れ帰ることにした。
 しかし学園に戻った小平太が早速
「犬小屋を作ってくれ」
 と用具委員会に掛け合った結果、六年ろ組の壁の穴を直していた留三郎に
「金が無いから無理」
 とあえなく却下されてしまった。
 なので小平太は会計委員会に用具委員会の予算の増額を求めにきたのだ。
 野良犬に、後輩達の名前にインスピレーションを得たのだという大層な名前をつけて。
「成る程、それで用具委員会の予算を上げろ、か…」
 得心いったと頷く文次郎の目の前に、ずい、と手が差し出される。
 小平太が『平次屋叉四郎金号』を小脇に抱えたまま、片方の手を延ばして満面の笑みを浮かべていた。
「おう、だから予算くれ!」
「だが断る」
 文次郎はそれをバッサリと切り捨てた。
「何故だ!?」
 当然小平太が突っかかって来たが、文次郎としては予算会議で平等に振り分けた(と、会計委員達は言い張っている)予算に今更変更を加える気はない。
 大体予算を強請る動機が変だ。
「小平太、その犬はお前が飼うんだろう?」
「勿論だ」
「だったらその犬小屋を委員会の経費で落とすのはおかしいだろうが」
 この場合、理は文次郎にあった。
 あくまで小平太が個人的に犬を飼おうとしているなら、その飼育代を予算で賄おうなんて考えは職権乱用も甚だしいものである。
「で、でも…犬小屋…」
 小平太もそれが分からないという訳ではないらしく、反論には力強さが見られない。
「い…犬小屋が無いと、こいつ飼えないじゃないか!」
「犬小屋くらい自分で作れバカタレィ!」
 まさに一刀両断。
 文次郎が言い切ると、これにはさすがの小平太も返す言葉を見つけられず、
「………わかった…」
 大きく嘆息すると、『平次屋叉四郎金号』を抱えたまま、がっくりと肩を落として去って行ったのだ。
「七松先輩、何だかちょっと可哀想かも…」
「大丈夫かなぁ…」
 団蔵と左吉が呟く声が聞こえたが、文次郎は聞こえないフリをすることしか出来なかった。

**
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ