RKRN連作小説

□秘密の姫君2
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それは、忍術学園の実技教科の時間の出来事だった。
「四年ろ組・七松小平太、四年は組・善法寺伊作! 用意はいいな?」
「はい!」
学年全体での合同実習が行われ、簡単なオリエンテーリングが実施された。
ルールは二人一組で挑むことと、必ず他の組の者同士でペアを組むことの二つ。
プロの忍者になれば任務の際、気心の知れない相手と組まされることもある。
今回はその予行練習の意味も兼ねていた。
「では、スタート!」
教師の声を合図に、小平太と伊作は緩やかに駆け出す。
チェックポイントを回ったりいかに巧みに罠をかわすかが評価されるオリエンテーリングでは、さすがの小平太でも全力疾走する気にはならなかったらしい。
 案の定道中にはこの四年間で習った様々なトラップが仕掛けてあったが、小平太の人間離れした身体能力と伊作の異常な危機察知能力とが合わさって意外にも順調に歩を進められた。
「でも、小平太と組めて良かったよ」
途中、歩きながら伊作が苦笑混じりに呟く。
「みんな『は組と組むと碌な目にあわない』って言って組むの嫌がるんだもん。 特に私はあんまり成績良い方じゃないし…同じ組の中で組む時だっていつもあぶれて、仕方ないからって留三郎が組んでくれるんだ」
「ふぅん、そういうものなのか?」
小平太は言いながら、簡易水筒に口を付けてごくりと喉を鳴らす。
小平太と伊作は、組は違うものの一年生の頃からの友達だった。
最初の面識こそ伊作が小平太の掘った塹壕に落ちるという最悪なものだったが、大雑把で何かと無茶を重ねる小平太と、薬学に詳しく有事には小言を言いながらも手当てをしてくれる伊作は良いコンビだった。
 それから伊作と同室の留三郎、更に留三郎を通じて喧嘩友達だという文次郎やその同室の仙蔵といった面々とも知り合い、今では小平太と同室の長次も含めた六人で連むことが大半を占めている。
「そうだよ。 だから今回、小平太が真っ先に私のところに来てくれたときは嬉しかったなぁ」
ほのぼのと頬を緩める伊作につられて、小平太も笑顔を浮かべた。
「そっか! …私も、長次とは組めないし、文次郎や仙蔵とも組みたくなかったので伊作が組んでくれて助かったぞ」
「…え?」
小平太の言葉に、伊作の表情が僅かに曇る。
「組みたくないって…小平太、何かあったの?」
 伊作は仲間同士の喧嘩や不和を放っておけない質で、『組みたくない』などというあからさまな台詞に眉根を寄せていた。
「いや…文次郎や留三郎と組むと、熱くなりすぎて失格になったりするのでなぁ」
小平太は頬をかきながら前回の実習を思い出す。
 文次郎と張り合った結果、コースを大きく外れて失格になってしまったのだ。
「じゃあ、仙蔵は?」
あの冷静沈着で優秀な友人を小平太が避けたがる理由など伊作には見当もつかず、知らず問う声に力が篭もる。
「…いや、それがどうも去年辺りからなんだが、実習の授業になると仙蔵に避けられている気がしてな…」
 これについては小平太もすっかり弱って眉を下げた。
 去年組み手の相手を断られて以来、仙蔵とは学年全体での実習があっても一度もペアを組むこと無く今に至る。
「仙蔵が…ねぇ…」
何か原因があるのだろうかと、伊作が本格的に悩み出した時だった。
「………っ伊作!」
「え、…うわあっ」
急に名を呼ばれて振り返るより早く、次の瞬間には小平太に飛び付かれて地面に押し倒される。
「こ、小平太…?」
強かに背中を地面に打ち付けた痛みに涙目になりつつ状況を確認すると、何と竹槍がさっきまで自分が立っていた場所に突き刺さっていた。
「うわぁっ、…あ、危なかった…」
どうやら考え事に気を取られた瞬間に、トラップを踏んでしまっていたらしい。
 もし逃げ遅れていたらなんて、恐ろしくて想像もしたくなかった。
「小平太、大丈夫?」
伊作は先程から自分に覆い被さったままの小平太の肩を静かに揺らす。
「…痛…」
返ってきたのは呻き声だった。
「小平太!? 怪我したの!?」
伊作は一気に血相を変え、半身を起こして小平太の身体を確認する。
見ると、背中側の制服が破れて肌色が覗き、少量ではあったが出血していた。
 自分を庇うように飛び込んできたとき、あの竹槍が背中を掠めたのだろう。
 伊作は小平太の下から這い出て、持ち歩いている救急セットを広げた。
「小平太、上着脱がすよ!」
一応断ってから破れている制服に手を伸ばす。
 すると、思いがけず小平太が大声で叫んだ。
「嫌だ!!」
「えぇっ?」
「こんなの、怪我の内には入らん! …っ、私なら、大丈夫だっ!」
背中の痛みを堪えているのかよろよろと身を起こした小平太は、何故か右手で胸元を押さえている。
「大丈夫ってそんな…」
瞬間的に伊作の脳裏に思い出されたのは、以前風邪をひいた小平太が薬を苦いから飲みたくないと嫌がっていた姿だった。
 きっと今回もまた、同じような理由で治療を受けたがらないのだろう。
 けれどそんなの、友人としても保健委員としても見過ごすわけにはいかなかった。
「大丈夫な訳ないでしょう!? 駄々こねないで治療させてよ!」
「嫌だってば!」
 小平太が必死で手を振り払うものだから、伊作もつい加減を忘れてその両肩を力ずくで押さえ込む。
 手のひらから伝わる、押さえ込んだ肩の丸っこくて柔らかな感触に伊作は一瞬違和感を感じたが、何せ学園一の怪力を誇る小平太相手の攻防だ。
 余計な考えに気を削いでいる暇はないとすぐに思い直し、小平太の両腕をなんとかひとまとめに押さえる。
「小平太、いい加減にしないと無理矢理脱がすよ!?」
「な…っ」
小平太が怯んだ一瞬の隙をついて、伊作は小平太の制服の合わせ目に手を差し入れ、一気に腹までずり下ろす。
「うわぁあ何をするんだ!」
どうしてか顔を真っ赤に染め上げる小平太を無視して前掛けまどもを剥ぎ取り―――そして、伊作はピシリと固まった。
前掛けの下から現れた千切れて解けた晒しと、程良く膨らんだ胸が見えたからだ。
「え……………、」
何、この状況?
どうして小平太に胸があるの…?
「っ見るな!」
 顔を真っ赤にしたまま両腕を胸の前で交差する小平太に、伊作の思考回路はこんがらがる一方である。
 小平太って、もしかして―――女の子…なの?
私…女の子相手に今、何してたんだっけ…?
 混乱して頭を抱える伊作の手に、ひゅっと風を切る音と共に縄標が巻き付いた。
「ん?」
何だか見覚えのある縄標である。
「…そこまでだ」
低い声がしてそちらを見ると、そこには不気味な笑顔を浮かべる長次と、呆れ顔の仙蔵がたっていた。

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