04/30の日記
03:22
*勝負の理由
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「お食事中にすみません。 七松先輩、本日も一戦、宜しくお願い致します」
強固な意志と共に差し出された右手と、その手の向こうに見える強い光に満ちた双眸。
その二つを交互に見た小平太は、ああまたか、と思いつつも手にしていた箸を置く。
「勝負するのは構わんが、お前も懲りないよなぁ」
まぁ良いや、丁度、食べ終わって片付けるところだったのだし、と。
小平太はそんなことを言いながら目前にあった空の膳を押しやり、改めて右手を差し出している人物、滝夜叉丸を正面から見据えた。
―――こうして昼食の休み時間に滝夜叉丸が小平太に勝負を申し込むのは、両者の言葉の端々に滲むように、これが初めてではない。
どころか、ここ数週間の間ですっかり見慣れた光景と成り果てていた。
傍から見ればどうやったって滝夜叉丸に勝機などない。
単純な年齢差、経験差、体力差、その全てが滝夜叉丸にとってはハンデになるのだから、それは当然のことである。
だというのに、彼はなんとあの七松小平太に『腕相撲』で勝負を申し込み、そして実際にもう幾度となく敗れているのだが、一向に諦める気配を見せないでいた。
確かに滝夜叉丸という人間の自意識は高く、負けっぱなしが享受できないのだと思えば不思議ではないのかもしれないが、それにしても相手が悪かろうというものである。
第一、滝夜叉丸は自意識が高いとはいえ決して馬鹿ではないので、己の力で太刀打ちできる相手とそうではない相手の区別なら付く筈なのだ。
では何故、彼はこれ程までにこの勝負に固執するのか。
それは、先日の委員会での予算交渉のときに聞いた、小平太の発言に由来する。
『なぁ文次郎、これだけ頼んでも駄目だというのなら、腕相撲で勝負しようじゃないか』
『お前が勝ったら諦めるし、何ならついでに、一つくらいなら何でも言うこと聞いてやっても良いぞ』
それを言われた会計委員長はしかし、その言葉を却下してしまったので、結局勝負は行われることはなかった。
だが、そのとき、滝夜叉丸は見た。
小平太が何でも言うことを聞くと言った瞬間に文次郎の表情に走った、動揺と焦燥、苦虫を噛んだように歪む眉を。
そして、その表情に滝夜叉丸は酷く覚えがあった。
何故ならそれは、自室の鏡を前に毎夜みる顔に浮かぶものと、同じ色をしていたのだから。
間違いない。
潮江先輩は七松先輩をお慕いしていらっしゃるのだ。
この私と、同じように…!
強力な好敵手の存在に気付いた翌日から、滝夜叉丸は小平太に勝負を挑むようになった。
好きな人より強くありたいと思うのは当然のことであるし、もちろんその裏には、もしも勝利を得た暁には言うことを聞いて貰えるかもしれないというような打算もある。
けれど勝負を挑む一番の理由は。
「悪いな、文次郎。 すぐに行くから、先に校庭に行っていてくれ」
「…ああ」
小平太と文次郎、好きな人と好敵手との二人っきりの休憩時間を、邪魔できるから、である。
「しかしなぁ、まさかお前が、そんなに私と勝負するのが好きだったとは思わなかったぞ!」
滝夜叉丸の思いなど微塵も勘付いていないような様子で笑う小平太に、滝夜叉丸もにっこりと笑顔を返す。
「―――おや、お気付きではいらしゃいませんでしたか、七松先輩」
今はまだ―――せめて一つでも彼と対等に渡り合えるようになれるまでは、伝えたところで受け入れられないことなど分かっているが為に伝えられない心。
故に、少しでも伝わるようにと祈りながら。
「大好きでしたよ、昔から」
紡ぐ言葉に微笑みを乗せ。
重ねた手を強く握って、滝夜叉丸は胸中に誓う。
いつか必ずこの人を守れる程に強い力を手にし。
そしてその時まで、この人を他の誰にも渡しはしないのだ、と。
END.
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世間様にはこへ滝が溢れているので、せめてもの抵抗として滝→こへを…!
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