02/19の日記

03:42
*月下の影
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 それは、生徒達の間で交わされる話。
 何の根拠も証拠もない、所謂『噂話』。
 曰く、誰もいない筈の夜の学園を、徘徊する影があるらしい―――

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「…うわぁ…」
 月明かりに照らされた、人気のない暗闇。
 昼間とは打って変わって痛いほどの静寂に包まれた校舎を、少年は震える足を必死に抑えながら歩いていた。
『夜の校舎にお化けが出るらしいから、本当かどうか確かめて来い』
 それが、近所のガキ大将に言いつけられた、今日の少年のミッションだった。
 昨日は鞄持ち。
 一昨日はグループの人数分の宿題。
 その前は何だったかはもう忘れてしまったが、何事かをやらされていたことだけは覚えていた。
 毎日毎日、よくもこれだけ人に命令することがあるなぁ、と感心してしまう。
 けれど、今日のはこれまでの言いつけとは度合いが違った。
「…もう帰りたいなぁ…」
 少年は、こういった暗闇やお化け、怪談の類が大嫌いなのである。
 なのに、遠足で出かけた先の遊園地のお化け屋敷で恐怖のあまり泣き出してしまったことが切っ掛けでクラスメイトにからかいの種にされ、揚句、言い渡された命令がこれだ。
 しかし、命令に逆らったら明日からどうなることか、と。
 それを思うと命令を拒否することなんて到底出来ず、結局こうして一人、夜の校舎に忍び込む破目になってしまっているのだ。
 この校舎が建っている土地には昔、ある学校があったらしい。
 けれどそれは本当に大昔の話で、その学校は何百年も前に火事だか何だかで全焼してしまったとのことだった。
 そして、その当時の人々の思念だけが今なお消えず、幽霊となって彷徨っている…
 それが、生徒達の間で囁かれる『噂話』の全容だ。
「やだなぁ…」
 少年が一歩を踏み出す毎に窓の外の木々が揺れ、カタン、コトンと不気味な音を奏でる。
 その度に護身用にと持ってきた子供用の竹刀を強く握りしめては心が折れないようにと念じてきたが、そろそろそれも限界に近い。
 如何にもといった空気に少年の身体は徐々に強張り、足を動かすのも辛くなってきた、そんな時。

「―――おいお前、こんな時間にこんな所で何してるんだ?」

 背後からいきなりそんな声を掛けられて。
「え…!!?」
 少年は振り向く。
 しかし、そこには何人の姿もなかった。
 すると。
「いや、だからこっちだってば」
 そんな声が聞こえたと思った瞬間、ポン、と肩なんかを叩かれたりしたものだから。
「きゃあああああああ!!!?」
 少年は絶叫し、一目散に駆け出した。

 ―――何、何だ、今の、…!?
 ―――僕、今、確かに、肩…ッ

 不幸中の幸いと言うべきか、否か。
 少年の背後を追いかけて来る影はなかった。
 夢中で走り続け、正門近くの街灯の下まで来て、漸く少年は足を止める。
 本当は今すぐにでも此処から出てしまいたかったが、さすがに息が続かなかった。
 それに。
「………、何だったんだろう…」
 あの手の感触にも、声にも。
 突然のことに驚きはしたけれど、不思議なことに、お化け屋敷で泣いてしまった時のような恐怖心は殆んど感じなかった。
 それどころか、下手をすれば何処かで知っているような気さえする。
 あの、後ろから急に声を掛けられて、見当違いな方向に振り向いては訂正される感覚は。
「…気のせい…だよね?」
 少年が見やった先には、沈黙する校舎があるだけで。
 答える声などは、少年の耳には届かなかった。
 けれど。

 少年が走り去った場所には、一人の青年が存在していた。
「本当にいつまで経っても、勘が悪いなぁ」
 仕方のないヤツだなぁ、と呟いて。
 青年は少年の走り去った方を、懐かしそうに眼を細めて見つめる。
「さっきのは、皆本の生まれ変わりか?」
「ん、まぁ、そんなトコだろうな」
 気付けば、青年の周囲には青年と同じ深緑色の着物を纏った五人組が出現していた。
「変わらねぇなぁ、あいつも」
「変わらないといえば、留さんとこの喜三太だって、ナメクジ大好きじゃない」
「ああ、誰一人として変わらんさ。 乱太郎のヤツは伊作がいなくても不運だしな」
「ちょ、仙蔵、僕が不運の元凶みたいな言い方は止めてよ;」
「「「自覚なかったのか?」」」
「そんなぁ…」

 ひとしきり軽口を交わし、六人の影はまたいつの間にか、宵闇に溶けていく。


 ねぇ、僕たちはいつまでこうしていられるんだろうね…?
 さあな。 一応俺らの目標は、あいつらが、今度こそ全員無事に卒業するまで、ってとこだろ?
 …私達は、あの戦火に巻き込まれた学園から、彼らを守ってやることが出来なかったからな…
 ああ、最上級生として、もっと何か出来ることがあったんじゃないのかと思うと、今でも当時の自分が情けなくなる。
 だから、見守ろうと決めたのではないか。 後輩達が、今度こそこの地から巣立って行く日まで…それが例え、輪廻の環を外れた道であったとしても。
 うむ! それに私達だって一人きりという訳じゃない。 六人一緒なら、何の道を外れようともへっちゃらだ!
 そうだね。 …そうしていつか、みんなが無事に卒業して、そうしたら僕達、今度はまた、全員で同じ時代に生まれられたら、幸せだね…

 月下の校舎に響く、影達の囁きは。
 誰の耳にも留まらないまま、悠久の時を越えて行く。
 大切な者達の行く末を、見届けるその日まで―――

END.

―――――――

金吾とこへのお約束ネタを書きたかっただけの筈なのに、どうしてこうなったんでしょう…;
妄想って奥が深いわぁ←

ところで一応言い訳しておくと、少年をいじめているのは忍たまの生まれ変わりではありませんのでご安心下さい(笑)

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